窃盗罪
ここでは、まず財産犯について共通して問題となる、財物や財産上の利益、占有、窃盗罪などの保護法益についての考え方や、不法領得の意思などについて扱います。そしてそれに基づいて、窃盗罪、不動産侵奪罪について学習します。また、親族相盗例についてもここで扱います。
財産犯の類型
編集- 客体による区別
- 刑法235条以下に規定される財産犯の客体である財産は、財物と財産上の利益に分けられます。そして財物は、さらに動産と不動産に区別されます。そして、財物を客体とする財産犯を財物罪または取財罪と言い、財産上の利益を客体とするものを利得罪または利益罪といいます。利得罪は、各条の2項において客体として規定がなされており、これらは2項犯罪とも呼ばれます。
- また、客体としての財産は、個別財産として保護されるか法益主体の財産全体として保護されるかにより、個別財産に対する罪と全体財産に対する罪に区分されます。
- 毀棄罪と領得罪の区別
- 財産犯は財産侵害のみを要件とする毀棄罪と、財産の効用の取得による侵害を要件とする領得罪に分けられます。
- 移転罪と非移転罪の区別
- また、領得罪は占有の移転を伴う移転罪(奪取罪)と、非移転罪に分けられます。
- 盗取罪と交付罪の区別
- さらに、移転罪は、占有の移転が占有者の意思に反する盗取罪と、占有者の意思に基づく交付罪に分けられます。
(参照 w:財産犯)
財物と財産上の利益
編集財物とは
編集財物を客体とする財産犯において、客体を「財物」と規定するものと、「物」と規定するものとがあります。この区別については、245条を準用する犯罪の客体は財物とされ、準用しない犯罪は物と定められてはいるものの、その意味内容としては、両者は同じものであると解されます。
ここで、財物の意義については、以下の見解の対立があります。
- 財物とは有体物であるとする見解(有体物説)。有体物とは、空間の一部を占め、有形的存在を持つものを言います。これが通説となっています。
- 管理可能な限り無体物も財物であるとする見解(管理可能性説)。もっとも、これだけでは債権やサービスなどまで財物に含まれることとなるため、管理可能性説の中でも、物理的管理可能性を要求する見解や、有体物以外ではエネルギーに限るとする見解などが主張されています。
有体物説に立つと、固体や液体・気体については財物なりますが、電気などのエネルギーの窃盗は取り締まることができず、かつて議論がなされました。また、大審院の判例(大判明治36年5月21日刑録9輯874頁)では、電気も管理可能であるから財物であるとしています。もっとも、その後電気については245条において「この章の罪については、電気は、財物とみなす。」との規定が置かれ、立法的解決がなされました。この規定の解釈について、財物の定義についての見解の対立を反映し、以下のように解釈されています。
- 有体物説の立場からは、電気はこれにより財物とみなされるのであり、電気以外のエネルギーは財物でないと解されます。
- 管理可能性説の立場からは、この規定は注意的規定であって、電気以外のエネルギーも財物に当たると解されます。
なお、情報それ自体はいずれの説によっても財物とはなりえませんが、情報を記録した物(紙、磁気テープ、マイクロフィルムなど)は財物です。
また、財物に不動産も含まれるか否かが問題となります。窃盗罪については、不動産侵奪罪が別に定められており、窃盗罪の客体である財物に不動産は含まれません。これに対して、詐欺罪、恐喝罪、横領罪については、不動産も財物・物に含まれると解されています。また、強盗罪については争いがあるものの、窃盗罪との盗取罪としての共通性から、その性質上可動性が必要となるとして、不動産は強盗罪の客体とならないと解するのが多数となっています。
(参照 w:電気窃盗)
財産的価値
編集財産犯の客体であり、財物には財産的価値が必要と考えられます。ここで、その理解が問題となり、以下の見解が主張されています。
- 主観的・感情的な価値でよいとする見解。こちらが通説です。
- 客観的に人を物質的・精神的に満足させ得る効用があるもので、交換価値を持つものとする見解。
例えば、ある判例(大判明治43年2月15日刑録16輯256頁)では、無効な約束手形が、また別の判例(最判昭和25年8月29日刑集4巻9号1585頁)では政党の中央指令綴などが、財物とは財産権、ことに所有権の目的となり得る物を言い、それが金銭的価値ないし経済的価値を有するかは問わないとして、財物性が認められています。また裁判例(東京地判昭和39年7月31日下刑集6巻7=8号891頁)では、他人に悪用されるとおそれがあるため自分の手元に置くという利益があるとして、失効した運転免許証について、財物性を認めたものがあります。このように、財産的価値は消極的価値でもよいと考えられています。
以上に対して、メモ1枚、ちり紙13枚、はずれ馬券、パンフレット入り封筒などについて、価値が些少であることを理由に財物性を否定したものもあります(大阪高判昭和43年3月4日下刑集10巻3号225頁、東京高判昭和45年4月6日東京刑時報21巻4号152頁など)。
財物となり得ない物
編集所有権の対象となり得ない物については、財物ではないとされています。例えば鳥獣保護区内の鳥獣や、河川敷の砂利(最判昭和32年10月15日、刑集11巻10号2597頁)については、これらは所有権の対象となっていないから財物でなく、窃盗罪や占有離脱物横領罪の客体とはなりません。もっとも、それが容器に入れられるなどして、誰かに取得されれば財物となり得ます。
人の生体や死体それ自体についても、所有権の対象とはなり得ないため財物ではありません。もっとも、その一部を分離した物が誰かの所有に帰属した場合には、財物となり得ます(例えば輸血のため取り出された血液や、移植用の臓器など)。
また、葬祭対象物としての遺骨や棺内収納物(納棺物)は、客観的に財産的価値を有するものであっても、財産犯の客体とならず、190条により保護されれば足りると解されています。ここでは、納棺物については所有権が実質的に放棄された者と考えられます。これに対し、窃盗罪なども成立するとの見解も主張されています。
禁制品(法禁物)については、法律上これを正当に所有・占有する権利が認められないため、はたして財産犯の客体となるか否かが問題となります。これについて、財物性を肯定するのが判例(最判昭和24年2月15日刑集3巻2号175頁)であり、また多数説でもありますが、財物となることを否定する見解も主張されます。財物性を肯定する見解は、事実上の所持が窃盗罪などの保護法益であり、禁制品もその没収には一定の手続きによる必要がある以上、法律上の没収手続によらなければ没収されないという限度で、その財物性を認めるべきである、また私人から奪われないという利益は存在する、などと主張します。これに関して、かつての判例(大判大正元年12月20日刑録18輯1563頁)は財物性を否定していました。ここでは、偽造証書は所有権の目的物とはなり得ないとして詐欺罪の成立が否定されています。
(参照 w:財物)
財産上の利益
編集財産上の利益とは、財物以外の財産上の利益一切を言い、積極的財産の増加であると、消極的財産の減少であるとを問わず、また一時的利益であってもよいとされています。
占有
編集占有とは
編集窃盗罪などの移転罪では、他人の所有する財物の占有を移転し、それを取得した場合に犯罪が成立します。すなわち、客体については、他人が占有する物であることが必要となります。ここで、刑法における占有とは、財物に対する事実上の支配を言うものと解されます。
このような刑法上の占有の概念は、民法上の占有よりも事実的なものであり、代理占有や占有改定による占有の取得、また相続による占有の承継は認められません。ただし、刑法上の占有においても、実際に物を所持することまでは必要ではなく、ある程度その範囲は拡張されています。
占有の存否は、客観的要件である財物に対する支配(占有の事実)と、主観的要件である支配意思(占有意思)から社会通念により判断されることとなります。もっともこれらは並列的なものではなく、原則的には客観的に判断され、客観的には事実上の支配の有無が明確とはならないときに、主観的要件により客観的要件が補完されるものと解されています。
事実的支配については、直接的な事実的支配がある場合から、事実的支配の可能性がある場合へと拡張されており、前者では支配意思は当然存在するか、あるいはそれを問題とすることなく支配を認められますが、後者では、他人を排除して支配を確保する意思が必要となります。さらに、一部の裁判例では、事実的支配可能性が存在しない場合でも、支配意思を推認させる状況の存在により、占有が肯定されるに至っています。
判例では、バスに乗るために並んでいた被害者がバスを待つ間に写真機を脇に置き、列の移動につれて改札口の方に進んだが、写真機を置き忘れたことに気付き直ちに引き返した(その間約5分、20m離れていた)という事例(最判昭和32年11月8日刑集11巻12号3061頁)や、ベンチにポシェットを置き忘れた被害者が約27m離れた場所まで歩いて行った(その時点でポシェットがとられた)という事例(最決平成16年8月25日刑集58巻6号515頁)において占有を肯定しています。これに対して、大規模スーパーマーケットの6階ベンチに財布を置き忘れたまま地下1階に移動し、約10分後に置き忘れたことに気付いて戻ったという事例について、占有を否定した裁判例(東京高判平成3年4月1日判時1400号128頁)があります。
なお、元の占有者の占有喪失により占有が他者に移る場合があります。例えば判例(最決昭和62年4月10日刑集41巻3号221頁)はゴルフ場内のロストボールにつき、ゴルフ場管理者の占有を肯定しています。
占有の帰属
編集- 共同占有
- 物の支配に複数の者が関与する場合、占有が誰にあるものか問題となります。数人が共同して財物を占有する場合、共同占有者の一人が他の占有者の同意を得ることなく当該財物を単独占有に移したときには、他の共同占有者の占有を侵害したこととなり、窃盗罪が成立します(最判昭和25年6月6日刑集4巻6号928頁)。
- 上下関係がある場合・支配関係がある場合
- 物の保管者間に上下・主従関係がある場合、占有は上位者にあり、下位者は占有補助者ないし監視者であるにすぎないとされます。例えば、商店の雇人や、倉庫番が実際に物を所持・管理等している場合にも、占有は商店や倉庫業者に認められます。そのため、例えば店番が店の物を盗んだ場合、窃盗罪となります。また、旅館が宿泊客に貸与する旅館所有の浴衣などに対する占有は旅館主にあるとした判例(最決昭和31年1月19日刑集10巻1号67頁)があります。このように、一定の領域の支配者に占有が肯定される場合があります。
- 封緘物の占有
- 封緘物について、その占有を他者に委託した場合に、封緘物自体の占有は受託者にあるとしても、内容物についての占有が誰にあるか、問題となります。判例によれば、内容物については委託者の占有がとどめられており、委託を受けて封緘物を占有する者がその封を開いて内容物を領得した場合には、窃盗罪が成立し(大判明治45年4月26日刑録18輯538頁)、一方、委託を受けた者が封緘物自体を領得する場合には横領罪が成立する(大判大正7年11月19日刑録24輯1365頁)こととなります。
- これに対し学説では、判例と同様に解する見解のほか、封緘物全体を領得する場合にも内容物の占有も侵害されたとして窃盗罪の成立を肯定する見解や、封緘物の内容物についても受託者に占有があるとして、横領罪とする見解も主張されます。
- 死者の占有
- 死者の占有について、これを認め盗取罪の成立を肯定し得るかが争われています。当初から財物を奪取する目的で殺害した場合については、判例・通説は、強盗殺人罪の成立を認めています。また、殺人と無関係の第三者が死体から財物を奪取した場合については、判例・多数説は、遺失物横領罪が成立するとしています。これに対して、殺害した後に財物奪取の意思を生じた場合が最も問題となり、判例(最判昭和41年4月8日刑集20巻4号207頁)は被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうとして、窃盗罪の成立を肯定しましたが、これに対しては、死亡直後という範囲は明確でないとの批判もなされており、学説では遺失物等横領罪の成立を肯定するにとどまるとの見解も多く主張されています。
窃盗罪などの保護法益
編集窃盗罪などの犯罪の客体は、242条によって、他人所有の財物だけでなく自己所有の財物であっても他人が占有するものにまで拡張されており、窃盗罪などの保護法益について以下の学説が主張されています。
- 本権説 - 事実上の占有の基礎となっている所有権その他の本権であるとする。
- 占有説(所持説) - 事実上の占有それ自体であるとする。
- 中間説(平穏占有説など) - 一応適法な占有、平穏な占有、あるいは合理的理由のある占有などとする。
本権説に対しては所有者による自力救済が放任されることとなるとの批判がなされ、また占有説に対しては、占有侵害の全てについて当罰性を認めることはできないのではないかと批判されます。そこで、現在では純粋な本権説・占有説を採る見解は少数であり、中間説が多く主張されています。もっとも、中間説の内容については、見解によって様々に主張されています。なお占有説・中間説による場合にも、多くは本権も保護法益に含まれると解するのであり、これらは占有が本権とは独立の法益となり得ることを認める説であるといえます。また、本権説の立場であっても、占有が必要とされることに変わりはありません。その意味では、本権説の立場は、本権の裏付けのある占有を保護するものであるとも言えます。
判例は、大審院の時代には本権説的な立場に立っており、窃盗罪、詐欺罪の規定は占有者が適法にその占有権を所有者に対抗できる場合に限って適用されるべきものであるとして、そうでない場合には窃盗罪・詐欺罪は成立しないとしていました。また恐喝罪についても、権利実行のために恐喝手段を用いても、財産に対する不法利益の要件が欠けるため、恐喝罪は成立しないとしていました。
これに対して、最高裁は占有説の論理を一般論として採用しており、盗品を運搬中の者からそれを喝取した事案において恐喝罪の成立を肯定した判例(最判昭和24年2月8日刑集3巻2号83頁)や、隠匿物資である元軍用アルコールについて詐欺罪の成立を肯定した判例(最判昭和24年2月15日刑集3巻2号175頁)などがあります。
また、建造物損壊が問題となった事例では、最高裁は建造物損壊罪における「他人の」の意義について、他人の所有権が将来民事訴訟などにおいて否定される可能性がないということまでは要しないとして、財産犯の成否を民事関係とは区別して判断する態度を示しています(最決昭和61年7月18日刑集40巻5号438頁)。
不法領得の意思
編集総説
編集財物罪は故意犯であり、その主観的要件として故意が要求されるのは当然ですが、判例では大審院の時代から(大判大正4年5月21日刑録21輯663頁など)、故意とは別個の主観的構成要件要素として「権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い、利用処分する意思」を必要としてきました。これを不法領得の意思といい、学説では以下のように全ての組み合わせの見解が主張されています。
- 必要説 - 窃盗罪などの領得罪の主観的要素として、これを必要とする見解。さらに内容により以下に分けられます。
- 排除意思(振舞う意思とも。すなわち権利者を排除して他人の物を自己所有物として扱う意思)と利用・処分する意思(利用意思)の双方を必要とする見解。
- 排除意思のみを必要とする見解。
- 利用・処分する意思のみを必要とする見解。
- 不要説 - 主観的要素としては故意で足りるとする見解。
このような不法領得の意思についての見解は、保護法益の考え方に影響を受けます。すなわち、本権説の立場からは、それを侵害するという不法領得の意思を必要とする立場につながりやすく、一方占有説からは、占有が侵害されれば足りるため、不要説の立場と結びつきやすいと考えられるのです。もっとも、これには論理的必然性はないとも言われます。また特に利用意思のみを必要とする見解については、特に私欲犯を重く処罰し、あるいは一般予防の効果を狙いとするものであって、本権説・占有説の対立とは直接関係がないとも言われています。
利用意思の内容については、判例では当初、経済的用法に従い使用・処分する意思とされていましたが、その後、本来の用法に従い使用・処分する意思とされ(最判昭和33年4月17日刑集12巻6号1079頁)、また、財物から生ずる何らかの効用を享受する意思とした裁判例(東京地判昭和62年10月6日判時1259号137頁)もあります。木材を繋留するために電線を切り取るような行為についても不法領得の意思は認められており(最決昭和35年9月9日刑集14巻11号1457頁)、現在はこの限定は機能していないものと解されています。また学説上も、経済的用法に従うなどといった限定をする必要はないと考えられています。
このような不法領得の意思は、以下の一時使用の場合や窃盗罪などと毀棄罪との区別において、重要なものとなります。
排除意思と一時使用
編集物を一時使用してその後返還する場合、使用者が利益を得ていることは間違いないですが、窃盗罪の客体は財物であって、利益窃盗は現行法上処罰規定がなく不可罰となるため、これをどのように考えるかが問題となります。
乗り物の一時使用について、当初判例(大判大正9年2月4日刑録26輯26頁、最判昭和26年7月13日刑集5巻8号1437頁)は、一時使用して返還する意思の場合には窃盗罪は成立しないが、無断使用後破壊し、あるいは乗り捨てる意思がある場合には不法領得の意思があり窃盗罪が成立するとしていました。
しかしその後の判例では、自動車の一時使用について、盗品の運搬に利用するなど相当長時間乗り回していた事例(最決昭和43年9月17日判時534号85頁)や、深夜4時間余り乗り回していた事例(最決昭和55年10月30日刑集34巻5号357頁)において、たとえ返還意思があった場合でも不法領得の意思があるものと認め、窃盗罪が成立することを認めるに至っています。
また、裁判例では、秘密資料をコピーする目的で一時持ち出す事案について、秘密資料の経済的価値は記載された内容にあるから、その内容をコピーし競争関係に立つ会社に譲り渡す手段として利用することの意思は不法領得の意思に当たるとしたもの(東京地判昭和55年2月14日刑月12巻1=2号47頁)や、秘密資料の内容をコピーしてその情報を獲得しようとする意思は不法領得の意思に当たるとしたもの(東京地判昭和59年6月15日刑月16巻5=6号459頁)があります。
以上のような判例に対し、学説では、振舞う意思(排除意思)を必要とした上で、軽微な一時使用については、振舞う意思がないとして不可罰とする見解や、占有取得が認められる以上窃盗罪などの成立を認めるべきとする見解、可罰的な占有侵害が認められない限りにおいては不可罰とする見解などが主張されます。
利用・処分意思と毀棄罪
編集毀棄罪は、物を破壊等するという犯罪であり、窃盗罪などよりも軽く刑が定められています(261条)。そこで、窃盗罪などと毀棄罪との区別が問題となります。
判例(大判大正4年5月21日刑録21輯663頁)では、学校の教員が校長の失脚を図って、教育勅語などを持ち出して受け持ちの教室の天井裏に隠匿した事案につき、毀棄または隠匿する意思の場合には不法領得の意思が否定されるとして、窃盗罪の成立を否定しました。また近時では、詐取した物を廃棄するだけで他に何らかの用途に利用・処分する意思がなかった場合には、詐欺罪における不法領得の意思が欠けるとした判例(最決平成16年11月30日刑集58巻8号1005頁)があります。
利用・処分する意思を必要と解する立場からは、この利用意思とは、(破壊されれば回復されることがあり得ないということからすると)法益侵害の点では窃盗罪より重いとも解される器物損壊罪より、窃盗罪を重く処罰することを基礎づけるものである(窃盗は利益を得るものであり、法益侵害の行われる危険が大きい、あるいは利欲的なものであって非難の度合いが高い)とされ、これを欠く場合には器物損壊罪が成立するにすぎないこととなります。
なお、毀棄目的で奪取し、その後気が変って毀棄しなかった場合について、利用意思を必要とすると不可罰となってしまうとの批判もなされますが、必要説の立場からは、隠匿すればそれにより毀棄罪が成立し、また領得すれば占有離脱物横領罪が成立し、隠匿ともならないような単なる放置であれば処罰の必要はないと主張されます。
窃盗の罪
編集窃盗罪は、235条において、「他人の財物を摂取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と定められています。また、未遂も罰せられます(243条)。
窃盗罪の法定刑は、万引きなどの軽微な事案に対応するため、平成18年の刑法一部改正の際に50万円以下の罰金刑が追加されました。
窃盗罪は盗取罪であり、他人の意思に反してその財物の占有を奪うことが必要となります。ここで、窃盗罪の保護法益や、財物、占有、不法領得の意思などについては、窃盗罪だけでなく財産犯ついて共通して問題となるものが多いため、財産犯一般にかかわる問題として後に扱います。
窃取行為については、手段や方法に制限はなく、詐欺行為を手段とする場合であっても被害者の意思に反して財物の占有を取得すれば窃盗罪となります。また、窃盗の既遂時期については、他人の占有を侵害して財物を自己の占有に移したときとする、取得説が判例・通説となっています。そして、占有の取得時期については、財物の大きさ、搬出の容易性、占有者の支配の程度などから判断されます。
窃盗の未遂については、その着手があった時に成立を認めるのが判例であり、具体的には、犯人が被害者方の店舗内において、所携の懐中電灯により真暗な店内を照らし、電気器具の積んであることがわかったが、なるべく金銭を盗みたいので店内煙草売場の方に行きかけた、との事実により、窃盗の着手があったものと認められるとしている判例(最判昭和40年3月9日刑集19巻2号69頁)があり、このように、財物の物色行為(金品物色のためにたんすに近寄った時など)には着手が認められている一方で、財物の存否を確かめるためのすりのあたり行為については、実行の着手には当たらないとされています。未遂の成立時期については、刑法総論の未遂の講座も参照してください。
また、罪数については、財産犯の保護法益は生命・身体のような一身専属的なものではないため、罪数は被害法益の数を基準とするものではなく占有侵害の個数を基準として確定されます。
(参照 w:窃盗罪)
不動産侵奪罪
編集不動産侵奪罪は、235条の2において、「他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の懲役に処する。」と定められている。また、未遂も罰せられます(243条)。
かつては、不動産の占有侵害は動産の場合と比較すると物の移動がなされないことから、侵害の度合いは低い(そのため処罰の必要性も低い)ものと考えられており、不動産の占有侵害に対しても窃盗罪が成立するという有力な見解もありましたが、実務には採用されず、土地の不法占拠には、窃盗罪の規定による処罰はなされませんでした。しかし、戦後、不法占拠が横行するようになると、これに対処する必要が認識され、昭和35年の改正の際に新たに本罪が創設されました。
不動産とは、民法と同様、土地およびその定着物を言うものと解されます。もっとも、法令により不動産とみなされるもの(工場抵当法によるものなど)については、本罪の不動産に該当するものではありません。
動産について、事実的支配の可能性がない場合においても、占有が社会通念上認められる場合があるとされていますが、場所的移動のない不動産についてはこのような見方がなお一層妥当すると考えられます。判例(最決平成11年12月9日刑集53巻9号1117頁)は、会社の代表者が家族ともども行方をくらまして所在不明となり、会社が廃業状態となって事実上の支配が困難であった場合においても、土地に対する占有は喪失していないものと判示しました。
また、侵奪とは占有者の意思に反して他人の不動産を占有し、その不動産に自己または第三者の占有を設定することを言います。窃取に対応する概念であり、判例(最決平成11年12月9日)では、土地上に建設廃材などの混合物からなる廃棄物を堆積させ、容易に現状回復することができないようにした事例につきこれを侵奪としたものがあり、また、屋根や壁にビニールシートを用いた簡易の建物の建築につき、侵奪を認めなかった判例(最判平成12年12月15日刑集54巻9号923頁)があります。さらに、利用形態の変更の事例として、貸与された土地について、撤去可能な屋台営業のみを認めるとの約定で無償貸与された土地に、解体・撤去困難な風俗営業施設を作った事案について、占有を新たに排除したものとして、侵奪を認めたもの(最決平成12年12月15日刑集54巻9号1024頁)があります。
なお暴行・脅迫をもって不動産を侵奪する場合には、本罪ではなく強盗利得罪となります。
(参照 w:不動産侵奪罪)
親族間の犯罪に関する特例
編集親族相盗例とは
編集244条は、一定の親族(直系血族または同居の親族)間の窃盗行為及び不動産侵奪行為に関して、その刑を免除し、またこれ以外の親族との間の窃盗などについて、それを親告罪とする特例を定めています。この規定は、詐欺及び恐喝の罪、横領罪、背任罪にも準用されています。
この規定は、親族における財産の管理・消費が共同体的な態様で行われることに着目して、親族間の財産秩序は親族内部において維持させるのが適当であるとの配慮から定められたものです。「法律は家庭に入らず」との法諺もしばしば挙げられます。
本特例の法的性格については、以下の見解が主張されます。
- 親族の身分を基礎として、政策的に、一身的な処罰の阻却がなされるとする(政策説・一身的刑罰阻却事由説)。通説的見解です。
- 親族間では一般に所有・占有の侵害は違法視されないため、違法の程度が低い、ないし可罰的なものでないとする(違法性阻却事由説・違法性減少説)。
- 親族間では期待可能性がない。親族関係という誘惑的要因のため責任が減少する(責任阻却事由説・責任減少説)。
違法性阻却事由説や責任阻却事由説に対しては、刑が免除されるとの規定の文言と整合しないと批判されます。また、違法性阻却事由説に対しては、このような原理では割り切れず、重大な侵害であったとしても本条が適用される以上、妥当な解釈でないのではないかということが、責任阻却事由説に対しては、一般に期待可能性がないといえるのか疑わしく、特に同居していない親族についてまでそのように説明することは無理があるのではないかと言うことが指摘されています。
配偶者とは法律上の配偶者を言い、内縁を含まないとする判例(最決平成18年8月30日判時1944号169頁)がありますが、内縁の者にも準用すべきとの学説も主張されています。
また、行為者と目的物との間に必要とされる関係については、目的物の占有者・所有者の双方と行為者との間に親族関係を必要とするのが判例(大判昭和12年4月8日刑集16巻485頁、最決平成6年7月19日刑集48巻5号190頁)・通説となっています。これは、この特例の趣旨から、被害を処理することが親族内部で可能な範囲のみに適用されるためです。
なお、理論上、一定範囲の親族(刑が免除される。つまり起訴されれば有罪ではあるが刑が科されない)とその他の親族(親告罪であるため、告訴がなければたとえ起訴されても公訴棄却となる)の扱いにつき、不均衡があると言われており、立法による是正がなされるべきと指摘されています。また、その解釈については、前者についても親告罪とする見解や、前者について刑事訴訟法33条1項2号に準じて公訴棄却すべきとの見解なども主張されます。
親族関係の錯誤
編集親族関係がないのにあると誤信した場合につき、以下の見解の対立があります。
- 違法性阻却事由の錯誤として故意、あるいは責任を阻却するとする見解。
- 本条1項については、刑法38条2項により抽象的事実の錯誤として、特例の適用が認められるとする見解。
- 特例の適用は認められず、窃盗罪の成立を認める見解。
(参照 w:親族相盗例)