横領罪
ここでは、横領の罪に関して、横領罪、業務上横領罪、遺失物等横領罪などについて扱います。
この講座は、刑法 (各論)の学科の一部です。
横領罪
編集横領罪とは
編集横領の罪は、他人の占有に属さない他人の財物、または公務所より保管を命じられている自己の財物を不法に領得する犯罪であり、領得罪の一種ですが、他人の占有を侵害しない点において、窃盗罪や詐欺罪などと性質を異にする犯罪です。
横領の罪では、横領罪(252条)、業務上横領罪(253条)、遺失物等横領罪(254条)が定められています。横領の罪は、通説的見解によれば、横領罪(単純横領罪)が基本類型であり、業務上横領罪がその加重類型となり、遺失物等横領罪は背信性を有しない点で、異質なものと捉えられます。もっともこれに対して、遺失物等横領罪を基本類型とし、横領罪は委託関係があることによる遺失物等横領罪の加重類型であり、業務上横領罪は、業務であることによる横領罪の加重類型であるとする見解も主張されています。
横領罪は、他者の占有を侵害しない点や、また自己の占有下にある他人の財物については領得がしやすく誘惑的であって責任が軽いと考えられ、窃盗罪・詐欺罪などよりも刑が軽く定められています。
横領罪の主体は委託により他人の物を占有するものであり、横領罪は真正身分犯です。
保護法益
編集横領の罪の保護法益は、窃盗罪などの盗取罪と異なり、物に対する所有権です。また、委託物横領罪においては委託関係(信任関係)も保護法益と考えられ、委託関係が侵害されることにより、その侵害がない遺失物等横領罪よりも重い罪となっているものと解されます。
窃盗罪などと異なり、文言上、「他人の物」が客体とされており、そのため賃借権や質権を侵害しても本罪は成立しません(大判明治44年10月13日、刑録17輯1698頁)。また、横領罪には親族相盗例の準用がありますが、これが適用されるためには、横領罪・業務上横領罪では、親族関係は所有者との間のみならず委託者との間においても必要となります。
横領罪の客体
編集客体は、自己の占有する他人の物(252条1項)、または公務所から保管を命ぜられた物(252条2項)です。ここで言う物とは財物を言い、動産のほか不動産も含まれます。本罪は文言上、「物」と規定され、245条の準用規定がないため、一般に電気は客体に含まれないと解されます。
他人の物を占有するに至った原因については、法律上明文の規定がありませんが、遺失物等横領罪については特別の規定があるため、何人の占有にも属していない他人の物、及び偶然に自己の占有に属した物については、本罪の対象から除外されます。また、窃盗・詐欺などの移転罪(奪取罪)によって占有を取得した物を領得する場合は、奪取後にその物を処分するのは共罰的事後行為となり、横領罪にはなりません。結局、横領罪となるのは、他人の物を占有するに至った原因として委託信任関係がある場合に限られることとなります。
そして、占有する物は、公務所より保管を命じられている場合を除き、「他人の」物である必要があります。ここで他人の物とは、行為者以外の自然人または法人の所有に属するという趣旨であるとされるが、当該物が他人の所有物かどうかは、以下のような場合に問題となります。
売買・譲渡担保の目的物
編集動産や不動産の売買の際には、原則として売買契約の成立により所有権は買主に移転します。そのため、その後は売主にとってその物は他人の物となるため、二重譲渡が行われれば、横領罪が成立します。もっとも、単に意思表示がなされただけの段階では、刑法上保護に値する所有権の実質を備えるには至っていないと解すべきとの見解も有力であり、また少なくとも、代金の大部分の接受が終了していることが必要などと言う見解も主張されます。そして、二重譲渡の場合には第二売買について、登記などの対抗要件が具備されることにより、横領罪の既遂となると考えられます。
なお、二重譲渡の相手方については、民法上適法であるものを刑法上違法とするのは妥当でないとして、悪意であったとしても横領罪の共犯・共同正犯とはされていません。一方、背信的悪意者と評価される場合には、横領罪の共犯などとして処罰され得ることとなります。
また割賦販売の場合など、売主に所有権が留保される場合には、例え売買契約を締結し、買主が物の引渡しを受けていたとしても、代金が完済するまではその物は買主にとって他人の物であり、それを処分すれば横領罪を構成することとなります(最決昭和55年7月15日、判時972号129頁)。もっとも残債務がわずかである場合には、成立しないと考えられます。
譲渡担保の場合には、契約の内容によっても多様であり、一律に判断することは困難ですが、所有権が債権者に移転するとみられる場合には、債務者がこれを処分することは横領罪となるものと考えられます。
金銭
編集金銭の占有を委託された場合についても、その他人性が問題となります。ここで、金銭は三つの類型に分けられます。
- 封金 -- 相手方のために金銭等の保管を寄託する際に、その費消を許さないことが委託の趣旨である場合、保管だけが委託されたに過ぎません。そこで、特定物として寄託した封金または供託金などは、寄託者や供託者の所有に属するものであり、受託者がこれを費消する場合には横領罪が成立すると考えられます。
- 不特定物としての金銭 -- 消費寄託の場合、すなわち受託者が受託物を消費することができる場合には、所有権は受託者に移転するものと解され、横領罪は成立しません。受託者がこれをほしいままに処分する行為は横領ではなく、背任が問題となります。
- 使途が定められた金銭 -- 例えば、株式を買い付ける手付金として渡された現金をほしいままに費消した場合、判例(大判大正15年12月16日、刑集5巻570頁)は横領罪の成立を認めています。ここでは民法理論とは異なり、所有権は寄託者にあると考えられたのです。ただし、当該金銭についての所有権ではなく、金額についての所有権を認めるのが妥当と考えられます。
委託者の趣旨に反することなく、必要な時には他の通貨で確実に代替できるという状態のもとで、金銭を一時流用した場合については、横領罪の成立を否定する見解が多数です。もっとも、その根拠は見解によって異なり、以下のものがあります。
- その場合において所有権は受託者に移るとする見解。
- 金額所有権の侵害がなく、横領行為がないとする見解。
- 不法領得の意思がないとする見解。
不法原因給付物
編集民法上は、不法の原因による給付物については、所有権に基づく物権的請求権の行使も許されず、その反射的効果として目的物の所有権は受贈者等に帰属することとなります。これに対し、刑法上では所有権がどちらにあるかや、またそれを横領した場合の横領罪の成否については、見解が対立しています。
- 肯定説 -- 不法原因寄託物についても民法708条の適用があるとの前提の下で、以下の見解が主張されます。
- 給付者・寄託者は、民法上返還請求権が認められないだけで所有権は失っておらず、依然他人の物に当たるとする見解。民事判例以前の判例(最判昭和23年6月5日、刑集2巻7号641頁)がこの立場でした。ここでは、贈賄の依頼を受けて賄賂金を預かりながらこれを自ら費消した事案について、所有権は給付者にあるとの立場から、横領罪の成立を認めています。
- 行為ないし行為者の処罰の必要性の見地から、民法上保護されない委託関係であっても刑法上保護の必要があるとする見解。
- 否定説 -- 不法原因給付物、不法原因寄託物の双方について、いずれも民法の適用を受けるとし、以下の見解が主張されます。
- 給付者に所有権がない以上他人の物でないとする見解。
- 給付者に返還請求権が認められない所有権は刑法上保護に値しないとする見解。
- 折衷説 -- 不法原因給付物と不法原因寄託物を分けて考え、前者については所有権が受給者に移る以上横領は問題とならないとし、後者について、以下の見解が主張されます。
- 信任関係の違背はないため遺失物等横領罪となるとする見解。
- 横領罪が成立するとする見解。
盗品・盗品等の処分代金
編集預かった盗品を勝手に処分した場合や、盗品の処分を依頼されたものがその処分代金を着服した場合についても、横領罪の成否につき見解が分かれています。
肯定説は、受託者にとってその罪物は自己の所有する他人の物であり、本犯の被害者との間で盗品関与罪が成立するとともに、窃盗犯人との関係において横領罪を構成し、両罪は観念的競合となると主張します。これに対して、刑法上、盗品等の保管は盗品等保管罪を構成する以上、その委託関係は保護に値せず、委託物横領罪は成立しないという否定説も主張されます。この場合、遺失物等横領罪の成立は問題となるが、より重い盗品関与罪が成立するといいます。
判例は、被告人が自己以外の者のためにこれを占有しているのであるから、その占有中これを着服した以上横領罪の罪責を免れ得ないとしたものがあります(最判昭和36年10月10、刑集15巻9号1580頁)。
占有
編集本罪の客体は、自己の占有する他人の物です。
ここで、本罪に言う占有には、事実上の支配だけでなく法律上の支配も含まれるとされている(最判昭和30年12月26日、刑集9巻14号3053頁)。これは、窃盗罪などは他人の占有の侵害であって、物に対する支配の排他性が重要となるのに対して、横領罪では、自己が容易に他人の物を処分しうる状態にあるという、処分可能性が重視されるため、このような占有の拡張ないし変容も正当化されるものと解されるためです。また実質的にも、窃盗罪の客体とならない物について、不法な領得による所有権の侵害が可能である限り、処罰の対象として捕捉することが求められます。
登記済不動産については、登記名義人に占有があるとされ(大判明治44年2月3日、刑録17輯32頁など)、また未登記不動産については、事実上の支配により占有の有無を決することとなります(最決昭和32.12.19. 刑集11-13-3316)。
また、他に占有が問題となるものとして、預貯金が挙げられます。預貯金の名義人は、一定の手続きをとれば払い戻しが可能であるため、法律上の支配があるとも考えられるが、学説上は、肯定・否定の両説が主張されています。
これを肯定する見解は、処分可能性が認められることや、また否定する場合、振込などの場合に、金銭を手にしていない以上横領罪とはならず背任罪の問題にとどまることとなり、均衡を失すると主張します。判例(大判大正元年10月8日、刑録18輯1231頁)・通説です。これに対して否定説は、銀行などは自動的に払い戻しに応じるわけではなく、真実の権利者であることを確認してこれに応じるのであるから、預貯金の事実上、法律上の支配は銀行などにあると主張します。
さらに、誤振込みが行われた場合につき、判例は、民事上振り込み依頼人の過誤による誤振込みの場合でも、有効に預金債権が成立しているとしています。その一方で、誤振込みであることを知った受取人がその情を秘して預金を払い戻した場合には、詐欺罪が成立するとしています(最決平成15年3月12日、刑集57巻3号322頁)。判例の立場に立つ場合、預金の占有は、銀行に対して正当な払い戻し権限がある場合に限り認められると解されることとなります。これに対し、預金による占有を認めて、詐欺ないし窃盗ではなく、遺失物等横領とする見解も主張されています。
横領行為
編集本罪の行為は、横領することです。ここで、横領の意義について、以下の両説が主張されます。
- 横領をもって委託信任関係の破棄と解し、行為者が委託に基づき占有している他人の物に対し、委託の趣旨に反して占有物に対して権限を逸脱した行為が横領であるとする見解(越権行為説)。
- 横領をもって、自己の占有する他人の物を不法に領得することであり、不法領得の意思を実現する行為であると解する見解(領得行為説)。通説であり、また判例の立場であると解されています(大判大正6年7月14日、刑録23輯886頁、大判大正15年4月20日、刑集5巻136頁、最判昭和28年12月25日、刑集7巻13号2721頁など参照)。
横領の実行行為として、判例では、他人の処分について不法領得の意思を実現する一切の行為とさています。これに対し、権限逸脱行為であることを要し、客観的な処分行為が必要との見解も主張されます。また、横領行為は不作為によるものでも構いません。
横領は横領行為に着手すれば直ちに既遂となるため、原則として未遂の観念は認められず、未遂犯処罰規定が定められていないのもそのためと考えられます。もっとも、理論上認められるか否かについては、肯定(通説です)・否定の両説が主張されます。
不法領得の意思
編集判例(最判昭和24年3月8日、刑集3巻3号276頁)では、横領罪の不法領得の意思を、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいう、としています。
このように、窃盗などの場合と異なり排除意思(振舞う意思)が言及されていないのは、既に占有が自己にあり、占有侵害が存在しないため権利者の占有排除という意思が要件とされていないものと解されます。しかし一方で、利用・処分する意思(利用意思)についてまで言及がないのでは、毀棄などの場合についても不法領得の意思を認めることとなりかねず、判例の定義には疑問があるとして、不法領得の意思を、委託の趣旨に反した物の利用・処分する意思(利用意思)であると解する見解が主張されています。
一時使用の目的で占有物を処分することを使用横領と言い、これについては、窃盗の場合と同様に考えられます。また、後に補填する意思・能力がある場合について、判例(前出最判昭和24年3月8日)は、補填の意思があったとしても横領罪の成立を妨げないとしています。もっとも、下級審の裁判例では、補填の意思があり、いつでも補填できる場合には違法性がないとして、横領罪の成立を否定するものもあり、不特定物を保管していることと同視できる状況がある時には、確実な補填の意思・能力があれば横領罪は成立しないとする見解も有力に主張されます。
また、本人のためにする意思がある場合であっても、判例(大判明治45年7月4日、刑録18輯1009頁、最判昭和34年2月13日、刑集13巻2号101頁など)では、本人がそれを行う権限を有さない場合には、横領罪が成立するものとしています。しかし、このような場合においては不法領得の意思は認められないとも批判されており、また近時の判例(最決平成13年11月5日、刑集55巻6号546頁)において、会社自身でも行い得ない性質の行為はもっぱら会社のためにする行為とは言えない、とした原判決が否定されたことが注目されます。
罪数
編集横領罪の罪数は、横領罪は委託信任関係に背いて財物を領得する点に特質があるため、委託信任関係の個数を標準として確定されることとなります。
かつての判例(大判明治43年10月25日、刑録16輯1747頁、最判昭和31年6月28日、刑集10巻6号874頁)は、横領行為の後に同一目的物に関して行為者がなした処分行為について、不可罰的事後行為にあたるとして横領罪の成立を否定して来ましたが、その後最高裁は従来の判例を変更し、横領後においてなおその目的物を占有しているときは、その領得行為は独立して横領罪を構成すると判示しています(最大判平成15年4月23日、刑集57巻4号467頁)。
また、横領した上、返還請求を免れるために欺罔行為を行った場合、2項詐欺罪も問題となり得ますが、同一財物につき二重の刑法的評価を加えることになって不当であるとして、横領物を確保するための欺罔行為は共罰的事後行為と解すべきと主張されています。
業務上横領罪
編集業務上横領罪(253条)は、横領罪に対する身分による刑の加重犯です。横領罪は他人の物の占有者についてのみ成立する真正身分犯であるのに対し、本罪はさらに身分によって刑を加重するものであり、占有者たる身分と業務者たる身分の複合した身分犯です。
その他、業務の意義などについては、刑法総論の講座も参照してください。
横領の罪の共犯関係
編集一般的な、共犯と身分との関係については、刑法総論の共犯の講座も参照してください。
業務上横領罪と横領罪について、前記のように横領罪は真正身分犯、業務上横領罪は不真正身分犯と考えるのが多数となっていますが、そうすると、一方が業務として、もう一方が非業務として共同で占有している場合に、横領を行った場合には、業務者には業務上横領罪が、非業務者には(単純)横領罪が成立することとなります。これに対して、業務上占有している者と業務者でも占有者でもない者とが共同で横領を行った場合に、両者を業務上横領の共犯とすると、占有もない共犯者につき占有がある場合よりも刑が重くなってしまい、不均衡となります。
これに関して、以下のような見解が主張されます。
- 65条1項により両者に業務上横領が成立し、非身分者は65条2項により横領罪の刑で処断すべきとする見解。判例(最判昭和32年11月19日、刑集11巻12号3073頁)ですが、このような処理は罪名と刑が不一致になるとして、強く批判されています。
- 業務者という身分は責任身分であるから非身分者には作用せず、65条1項により横領罪(こちらは違法身分であるという)の共犯とする見解。
- 横領罪は真正身分犯であるから65条1項に基づき横領罪の共犯が成立し、65条2項により業務者には業務上横領罪が、非業務者には横領罪が成立するとする見解。
- 両者に業務上横領罪の共犯を成立させたうえで、刑の不均衡については酌量減軽で対処するとの見解。
遺失物横領罪
編集遺失物横領罪(254条)は、他人の占有に属しない他人の物を領得する罪であり、占有侵害を伴わない点で委託物横領罪と共通しますが、委託信任関係がない点ではこれと異なります。占有離脱物横領罪とも呼ばれます。
「占有を離れた」とは、占有者の意思に基づかないでその占有を離れたことを言い、何人の占有にも属していないものだけでなく、偶然もしくは錯誤によって行為者が占有するに至った物をも含みます。つまり、「その他占有を離れた他人の物」には、遺失物法12条のいう「誤て占有したる物件」が含まれることとなります。例えば他人の傘を間違って持ち帰った場合の、他人の傘がこれに当たります。
無主物は本罪の客体とはなりませんが、所有者が判明しない場合であっても本罪の客体とはなります。
(参照 w:横領罪)