詐害行為取消権

ここでは、責任財産保全の制度の一つである、詐害行為取消権(債権者取消権)について扱います。

この講座は、民法 (債権総論)の学科の一部です。

前回の講座は債権者代位権、次回の講座は債権譲渡1です。

詐害行為取消権とは

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資力のない債務者が、積極的に自己の財産を減少させる法律行為をした場合、債権者はその法律行為の取消しを裁判所に請求することができます(424条1項)。この権利を詐害行為取消権、あるいは債権者取消権といいます。

これは債権者代位権とともに、債務者の責任財産を保全するため認められたものであり、債権者の詐害行為を取消して逸出した財産を回復するためのものです。詐害行為の典型的なものとして、財産の贈与や時価よりも安く売却する行為などがありますが、その贈与などの相手方となった受益者(あるいは受益者から目的物を譲り受けた転得者)からすれば、真の権利者と取引をしたにもかかわらず、それが後から取消されることとなるため不利益が大きく、受益者などが債権者を害すべき事実を知らなかったときには債権者は取消すことができないものと定められており(424条1項但書)、また債権者代位権のような転用は認められていません。

要件

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被保全債権

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債権者取消権の行使のためにはまず、取消債権者の債権が詐害行為よりも前に発生していることが必要となります(大判大正6年1月22日民録23輯8頁)。債権者はその債権が発生する時点での債務者の責任財産を引当てにして行為を行っているのであり、詐害行為後に発生した債権は詐害行為によって減少した後の財産を引当てにしているに過ぎない以上その詐害行為によって害されるものではないためです。そこで、被保全債権は発生していればよく、履行期にある必要まではありません。もっとも、履行期まで長期間の時間がある場合には、後記の債務者の詐害の意思が認められないことがあり得ると考えられます。

詐害行為

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詐害行為について、かつてはこれを客観的要件である詐害行為と、主観的要件である詐害の意思に分けてそれぞれを検討するというのが通説となっていましたが、現在では、両者を総合的に考慮して判断するとの見解が通説となっており、また判例も採用しているものと理解されています。

客観的側面

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424条1項にいう法律行為とは厳格な意味で言う法律行為に限られるものではなく、弁済や時効中断事由としての債務の承認、法定追認の効果を生じる行為なども含まれます。ただし、債務者の行為でなければならず、第三者の行為は含まれません。また、債務者の単なる不作為や事実行為は含まれるものではありません。

さらに、債務者の行った法律行為であっても、財産権を目的としないものは取消すことができません(424条2項)。この例としては、家族法上の行為や相続法上の行為が問題となります。家族法上の法律行為の例としては婚姻や離婚、養子縁組などがありますが、たとえこれらによって債務者の財産状態が悪化し債権者を害するとしても、これらの行為は行為者本人の自由な意思に基づいてなされるべきものであって第三者の干渉を認めるべきでないと考えられています。相続に関しては、相続放棄については判例(最判昭和49年9月20日民集28巻6号1202頁)は消極的に財産を増加させないだけであり、身分行為であって他人の意思により強制すべきでないことを理由に詐害行為取消権の対象とならないとしていますが、一方で遺産分割の協議について判例(最判平成11年6月11日民集3巻5号898頁)は、財産権を目的とする法律行為であるから詐害行為取消権の対象としています。これらについては親族・相続の学科も参照してください。

また、対抗要件を具備する行為(不動産譲渡における登記(最判昭和55年1月24日民集34巻1号110頁)や債権譲渡における通知(最判平成10年6月12日民集52巻4号1121頁))については、詐害行為取消の対象となるのは債務者の財産を減少させる行為そのものであって、これによってその権利移転行為がなされたことになったりその効力が発生するものでない以上、譲渡行為自体が詐害行為取消の対象とならない場合には、それと切り離して対抗要件を具備する行為についてのみ詐害行為と認めることは相当でないとされています。

そして、債権者を害するとは、債務者の行為の結果債権者が十分な満足を得られなくなることを意味します。そこで、債務者の無資力が要件となり、またその行為は債務者の責任財産を減少させるもの、あるいは債務者の財産の担保としての価値を低下させるものである必要があります。無資力要件については、債務者の行為時点および事実審口頭弁論終結時の双方の時点において無資力であることが必要とされています(大判大正15年11月13日民集5巻798頁)。

主観的側面

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債務者が行った債権者を害する法律行為のうち、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為のみが詐害行為取消権の対象となります。なおこの意思の内容について、かつての客観的側面と主観的側面とを別の要件として考える見解では、認識で足りるという見解と、それ以上の意思(意欲・害意)が必要との見解とがありました。

具体的類型

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財産の処分
財産を無償で譲渡し、または不相当に廉価で売却することは詐害行為となります。債務の免除や対価のない債務負担行為も同様です。このような行為は明らかに詐害行為となるものであり、債務者の主観的要件としては認識で足りるものと考えられます。これに対し、不動産等の重要な財産を相当価格で売却することについては見解が分かれています。判例は、不動産を消費・隠匿しやすい金銭に代えることはたとえそれが相当な価格によるものであっても原則として詐害行為となるとし(大判明治44年10月3日民録17輯538頁など)、ただ代金を有用の資(債務の弁済資金など)に充てるためなど、債務者の売却の目的や動機が正当なものである場合には詐害行為にならないものとしています(大判大正6年6月7日民録23輯932頁)。学説では、かつては相当価格での売却は詐害行為にならないという見解が多数でしたが、現在では判例を支持する見解も多く主張されています。
弁済
債務の弁済は債務者としてなすべき義務のある行為であり、また債務者の責任財産と債務とがともに減少しその差引額は変わらないことから、常に詐害行為とならないという見解も主張されますが、より債権者平等の原則を重視して、一定の場合には詐害行為となるという見解も主張されています。判例(最判昭和33年9月26日民集12巻13号3022頁)は、弁済は原則として詐害行為とならず、唯、債権者が一債権者と通謀したの債権者を害する意思をもって弁済したような場合にのみ詐害行為となるにすぎないといいます。
代物弁済
本来の債務の弁済の代わりに他の物などで弁済をする(例えば100万円の借金を返済する代りに車を引き渡すことで弁済とする)代物弁済は弁済の効力を持ちます(482条)が、それは債務者の義務ではありません。そこで、債権額以上の価値のあるものでする代物弁済が詐害行為になることは当然として、債権額に相応する物での代物弁済についても、判例(大判大正8年7月11日民録25輯1305頁)は債務者に詐害の意思があれば詐害行為となるといいます。また学説でも、債務者の主観的態様として詐害性が強い場合に、詐害行為の成立を認めるのが多数となっています。
担保の供与
既存の一部の債権者について担保を供与することは、債務者の義務ではなく、その債権者に優先弁済を得させて、一般財産の減少により他の債権者を害するため、原則として詐害行為となるというのが判例(最判昭和32年11月1日民集11巻12号1832頁)です。詐害行為とならない場合としては、担保供与が営業継続のためやむ得ない場合などがあります。通説も同様ですが、およそ詐害行為とならないという見解も主張されます。これに対して、新たな借り入れについて担保を供与することについては、判例は借り入れの目的・動機および担保目的物の価格に照らし妥当なものであれば、詐害行為とならないとしています。

受益者・転得者の善意

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債務者の行為の時点で受益者が債権者を害すべき事実を知らなかったときや、転得の時点で転得者が債権者を害すべき事実を知らなかったときには、債権者はその行為を取消すことはできません。つまり受益者や転得者が善意である場合には、債権者は詐害行為取消権を行使できません。

この受益者や転得者の善意については、受益者・転得者側が立証責任を負います。

また受益者が善意、転得者が悪意である場合については、悪意の転得者との関係では取消しを肯定するのが判例(最判昭和49年12月12日集民113号523頁)・多数説となっています。受益者の善意は成立した取消権の行使に対する制限に過ぎず、詐害行為取消権の行使の効果は相対的に生じる(後記)ため問題がないためと考えられます。

行使

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行使方法

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債権者は、取消しを裁判所に請求することができます(424条1項)。具体的には、債権者は自己の名において訴えを提起し、取消権を行使しなければなりません。抗弁の方法によることは許されません(最判昭和39年6月12日民集18巻5号764頁)。これは、債務者のほか受益者・転得者に取消しという重大な影響を及ぼすため、裁判所に判断させる必要があり、また取消権行使の効果を判決主文で明確にすることが適当であるためと考えられます。

そして判例によれば訴訟の被告は受益者もしくは転得者であり、債務者は被告とはなりえません。判例は詐害行為取消権行使の効果は債権者と受益者ないし転得者との間で相対的に生じるものとしており、これは債権者と受益者・転得者との間で解決される問題であるという立場をとるためです。そこで債務者を被告とする必要はなく、債務者には被告適格はありません。なお転得者がいる場合には転得者を相手とするほか、受益者のみを相手として価格賠償を請求することもできます。

行使の時期

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詐害行為取消権は債権者が取消しの原因を知ったときから起算して2年で時効消滅します(426条本文)。また債務者の行為のときから20年を経過したときも同様であり、中断はありえないため除斥期間と解するのが通説です。

また、被保全債権が時効消滅すると、詐害行為取消権は行使できず、受益者は被保全債権の消滅時効を援用することができます(最判平成10年6月22日民集52巻4号1195頁)。なお債権者が受益者や転得者に対して詐害行為取消訴訟を提起しても、被保全債権の時効中断の効果は生じません。

債務者について破産手続きが開始されると、破産債権者は詐害行為取消訴訟を提起することはできなくなります。破産管財人が否認権の行使によってこれを実現するのが適当と考えられるためです。

効果

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取消権の性質

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詐害行為取消権の性質について、判例は、詐害行為取消権は債務者の詐害行為を取消し、その財産を行為前の状態に回復させることによって債権者の債権の担保となる責任財産を保全する制度であり、債務者の法律行為の取消しを内容とする形成訴訟と、受益者に逸出財産の返還を請求する給付訴訟の合わせられたものであって、取消の効果は訴訟当事者である取消債権者と受益者との間でのみ生じ債務者には及ばない相対的取消であるとしています(大連判明治44年3月24日民録17輯117頁)。なお取消だけを請求する場合(例えば債務免除を取消す場合など)には形成訴訟となります。

このような、詐害行為取消訴訟は債務者の行為の取消と受益者に対する請求の合わさったものという考え方を、形成権説(詐害行為取消権の本質は債務者と受益者との間の法律行為を取消すという形成権であり、取消の効果は絶対的無効と考える説)と請求権説(詐害行為取消権の本質は受益者に対する逸出財産の返還請求権とし、債務者の法律行為の効力は消滅しないと考える説)の折衷的な説という意味で、折衷説といいます。

この折衷説が学説でも通説的見解となっていますが、これに対して、折衷説に立つと債権者・債務者間では所有権は債務者にないはずであり、強制執行できることと矛盾すること、本来すべての債権者の利益のための責任財産保全の制度であるのに、その目的に適合していない(債権者に金銭が引き渡される場合には債権者に事実上の優先弁済を受けさせることになり、一方債務者の下に逸出財産を戻した場合には、債務者が再びそれを処分するおそれがある)ことから批判も有力になされており、その一つの見解が責任説と呼ばれるものです。

責任説は、詐害行為取消権は債務者の責任財産を保全するためのものであるから逸出財産を受益者から現実に取り戻す必要はなく、それを受益者の下に置いたまま債務者の責任財産として取り扱うことができれば足りると考えます。そこで債務者の詐害行為を取消すという取消訴訟によって、逸出財産の所有権は受益者に帰属したまま、受益者はその財産をもって債務者の債務について責任を負うという、いわば物上保証人のような地位に置かれ、これが詐害行為取消権の効果であるといいます(責任法的無効)。そして、取消債権者は受益者に対する債務名義を有していないため強制執行するためには責任訴訟(あるいは執行認容の訴え)という、債権者の受益者に対する訴訟によって対象となった財産に強制執行できると宣言する責任判決を得て、債権者はこの責任判決を債務名義として債務者の逸出財産に強制執行することができるようになるものと考えます。

また他の見解として訴権説も主張されています。これは詐害行為取消権を実体法上の権利と訴訟法上の権利とが融合している訴権であると解し、424条は受益者に債権者による逸出財産に対する強制執行を認容することを内容とする執行認容訴訟そのものを定めた規定であり、債権者はこの判決を債務名義として被告の手元にある逸出財産に対して強制執行を行うことができるというものです。そこでこの見解によれば、責任説と異なり一つの訴訟で足りることとなります。

債権者・受益者間

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判例によれば、債権者は被保全債権額の範囲内において、受益者に対して詐害行為の取消と(必要な場合には)目的物の返還とを請求することができます。そして原則として、相手方から詐害行為の目的物である財産の返還を請求できる場合にはその目的物を返還させるものとされており(現物返還の原則)、例外的に、特別の事情がある場合にはそれに相当する金銭での賠償を求め得るものとされています。

そして、目的物が不可分の場合には債権者は被担保債権の額にかかわらず詐害行為の全部を取消すことができます(最判昭和30年10月11日民集9巻11号1626頁)。

しかし抵当権の付着した不動産について、受益者の下で抵当権が消滅しその登記が抹消された場合には、債務者の下に不動産を返還すると債務者の一般財産が以前より増加することとなり、もはや原状回復が不可能となるため、この場合一部取消の限度で価格賠償を請求するしかないこととなります(最大判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁)。

逸出財産が不動産の場合には、登記が元に戻されることとなります。また、動産・金銭である場合には取り消し債権者は直接自己に引き渡すよう請求できます(大判大正10年月18日民録27輯1168頁)。これは、取消の効力は債務者には及ばないため、債務者には受領する根拠がないこと、債務者が受領を拒絶する場合や受領できない場合には目的を実現できなくなってしまうこと、特に逸出財産が金銭の場合には債務者がこれを費消してしまうおそれれがあることにより認められるものと考えられています。そして判例・通説によれば金銭の場合には、債権者がこれを受け取り、被保全債権と相殺する方法により事実上優先弁済を受ける結果となります。

また、債務者が債権者の一人に弁済をし、その行為が詐害行為として他の債権者によって取り消された場合に、弁済の受益者が取り消し訴訟で配当要求することによって、自己に対する配当分の支払を留保すると主張することについて、判例はこれを否定しています(最判昭和46年11月19日民集25巻8号1321頁)。受益者は確かに425条に言う総債権者の一人ですが、判例では、受益者のこの受益の意思表示の効力を認める実定法上の根拠がなく、また仮にこれを認めるといちはやく弁済を受けた受益者を保護し、総債権者の利益を無視することとなって詐害行為取消権制度の趣旨に反するといいます。

債務者・受益者間

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詐害行為取消権が行使され債務者の行為が取消されると、受益者は債務者から取得した財産を失い、または価格賠償をさせられて損失を被ることとなります。そこで、この損失について債務者に請求できないかが問題となります。

判例の立場である相対的取消論によると、まず追奪担保責任については、債務者に権利の瑕疵があったわけではなくこの責任は認められません。また不当利得返還請求については、債務者・受益者間では目的物は受益者に帰属したままであり、受益者が債務者に目的物を返還したとしてもそれ自体は不当利得となるものではありません。ただ、受益者から債務者に財産が復帰し、その復帰した財産に対する強制執行などによって債務者の債権者が弁済を受けた場合には債務者の債務が消滅し、その債務消滅分は不当利得となるものと考えられます。つまり、債務者は受益者の財産によって自らの債務が消滅するという利得を得たのであり、その段階で受益者は債務者に対して不当利得返還請求権を有することとなるものと考えられます。

(参照 w:詐害行為取消権