ここでは、債権者代位権について扱います。

この講座は、民法 (債権総論)の学科の一部です。

前回の講座は、債務不履行2、次回の講座は、詐害行為取消権です。

責任財産の保全 編集

金銭債権が履行されない場合、債権者は裁判所に提訴して勝訴判決を得ることなどによって、債務名義を得て債務者の財産に対して強制執行をすることができます。金銭債権以外の債権についても、その債務が履行されない場合に最終的には損害賠償を請求することとなります。このように、債権は窮極的には債務者の一般財産を拠り所とします。この債務者の一般財産を、責任財産といいます。

複数の債権者がいる場合であって、債務者の責任財産が総債権額より少ない場合、各債権者はその債権額の割合に応じた弁済を受けます。その際、各債権はその発生時期などに関わらず原則として平等に取り扱われ、この非優先性を前提とする比例弁済原則を、債権者平等の原則といいます。

そして、十分な債権の満足を受けようとする債権者としては、あらかじめ債務者(など)の総財産の中から一定の財産を切り出してそれについて優先権を得るという、担保権の設定による方法(これについては民法 (物権)の学科を参照)のほか、保証人など人的担保を得る方法(これについては後の保証債務の講座など参照)、責任財産の減少を防止する方法があります。そしてこの責任財産の減少を防止することを責任財産の保全といい、債務者が自己の権利を行使しない場合に、債権者が債務者に代わってこれを行使するという債権者代位権と、債務者が自己の財産を減少させる行為をした場合に、債権者がそれを元の状態に戻すという詐害行為取消権があります。

債権者代位権とは 編集

債権者代位権は、債権者が自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができるという権利です(423条1項)。保全される債権者の債権を被保全債権、代位行使される債務者の権利を被代位権利といいます。被代位権利は、債権に限られるものではありません。

債権者代位権は、本来資力の不十分な債務者の財産の減少を防ぐための制度であり、債権者は、債権者代位権によって債務者の権利を行使して債務者の責任財産を保全した上で、必要があればその財産に対して強制執行を行います。

しかし実際には、被保全債権も被代位権利も金銭債権である場合、債権者は被代位権利の弁済として第三債務者から金銭を直接受け取ることができ(大判昭和10年3月12日民集14巻482頁)、債権者は受け取った金銭の債務者への返還債務と被保全債権とを相殺することができるため、事実上、債権者代位権の行使によって強制執行の手続きによるよりも簡易に、また他の一般債権者に優先して弁済を受けることができることとなっています。これは、債権者が債権を代位行使する場合、その権限には弁済を受領する権限も含まれ、また実質的にも債務者が受領しない場合に債権者代位権の目的が達成できなくなるというのは不当であるため、このように考えられています。もっともこのような判例・通説に対して、債権者代位権はあくまで責任財産保全の制度であり、債務者が受領しない場合にのみ債権者への引渡しを求めることができるとの見解も主張されます。

なお強制執行より簡易とは、強制執行であれば、債権者は債務者に対して確定判決などの債務名義を取得し、これにより債務者の権利を差し押さえる必要があります。これに対して債権者代位権の行使であればこのような債務名義の取得・差押は不要となります。

要件 編集

被保全債権 編集

まず、債権者代位権を行使する時点で、被保全債権が有効に存在している必要があります。被保全債権が有効に存在していればよく、被代位権利より先に成立したことは必要ではありません(詐害行為取消権の場合とは異なります)。

被保全債権は原則として金銭債権であり、これは担保権付きのものでもかまいません。金銭債権以外の債権の場合は、後述の債権者代位権の転用が問題となります。

また、被保全債権は原則として履行期が到来していることが必要です。履行期前であって自己の債権の履行さえ請求できない債権者が、債務者の権利を行使するのは早すぎるものと考えられます。ただし、裁判上の代位による場合(423条2項本文)、すなわち履行期前であっても債務者の権利を行使しないと債権を保全することができない、あるいは困難となると認められる場合に、裁判所の許可を得て債権者代位権を行使することはできます。また、保存行為については裁判所の許可も不要であり(423条2項但書)、履行期前であっても債権者代位権を行使して債務者の権利を行使することができます。そのため時効の中断や未登記権利の登記などは保存行為として代位行使可能となります。

被代位権利 編集

被代位権利について、まず原則としてすべての権利が代位行使の対象となります。債権に限られず物権的請求権も含まれ、また取消権、解除権などの形成権でもよいとされています。登記請求権や債権者代位権(最判昭和39年4月17日民集18巻4号529頁など)も含まれます。

以上の例外として、債務者の一身に専属する権利は代位行使の対象になりません(423条1項但書)。一身専属権かどうかの基準としては、その権利が債権者の共同担保として評価されるべきかという基準と、その権利を行使するかどうかを債務者の自由意思に任せるべきかどうかという基準とが主張されます。また最近では、前者を基本としつつ、後者などその他の要素もその判断のため考慮するとの見解も主張されています。

具体的には、親族法上の地位自体に関わる離婚請求権や嫡出否認権などは一身専属権に当たり、また親族法上の地位に基づく、夫婦間の契約取消権や扶養請求権なども同様に解されています。これに対して相続法上の権利については見解が分かれており、遺留分減殺請求権については特段の事情がない限り代位行使できないとするのが判例(最判平成13年11月22日民集55巻6号1033頁)ですが、学説ではこれを肯定する見解も主張されています。また、相続の承認や放棄をする権利、相続回復請求権については、代位行使を否定する見解が多数となっていますが、肯定する見解も主張されます。遺産分割請求権についても見解は分かれています。

また、人格的利益を侵害する不法行為に基づく損害賠償請求権(慰謝料請求権)は、被害者がその行使の意思を表示し、具体的な金額の請求権が当事者間で客観的に確定した場合には、それはもはや金銭債権であり代位行使できますが、その前の段階では代位行使の対象となりません(最判昭和48年10月6日民集37巻8号1041頁)。

契約の申し込みや承諾については、契約自由の原則の観点から代位行使を否定するのが通説となっています。第三者のためにする契約における、受益の意思表示については、代位行使を肯定するのが判例(大判昭和16年9月30日民集20巻1233頁)・多数説ですが、否定する見解も主張されます。

消滅時効の援用権については、代位行使の対象となります(最判昭和43年9月26日民集22巻9号2002頁)。無資力であって債務を弁済していない債務者の意思よりも、債権者の利益のほうが優先されるべきものと考えられます。

さらに、差押えが禁止された権利(民事執行法152条など)については、政策的判断によって共同担保を構成しない権利とされているものと考えられ、代位行使は認められません。

保全の必要性 編集

債権者代位権の行使は、債権者が自己の債権を保全するためでなければなりません(423条)。債務者の権利であって、本来債務者がその行使の時期や行使するかどうかを自由に判断できるのに対して、この自由を制約して権利の行使に干渉する以上、それを正当化する理由が必要です。それがこの保全の必要性であり、基本的には被保全債権は金銭債権であることから、この要件は債務者の無資力を意味するものと考えられます。

なお、ここでいう「無資力」とは債務者の責任財産が全くないということを意味するものではなく、不十分となっていれば足ります。

また、判例や学説では、後述の債権者代位権の転用の場合については無資力要件は不要とされています。

債権者の権利不行使 編集

債権者代位権は、無資力の債務者がその権利を行使しないため債務者の責任財産が減少することを防ぐ制度であり、債務者自身が権利を行使している場合には、債権者代位権の行使は認められません。

行使 編集

債権者代位権は、裁判上でも、また裁判外でも行使することができます。債権者代位権を行使する債権者は、債務者の代理人ではなく、自己の名で債務者の権利を行使します。裁判外の行使の例としては、弁済の受領のほか、消滅時効を中断するための催告などがあります。

また債権者代位権の行使できる範囲としては、自己の債権の保全に必要な範囲に限られます。そこで、ともに金銭債権である場合には、被保全債権額の範囲内において債務者の債権を行使することができます(最判昭和44年6月24日民集23巻7号1079頁)。これは、債務者の責任財産の保全という債権者代位権の存在理由よりも、代位債権者の債権の回収という現実的機能に則した判断がなされているといえ、また過大な干渉を防ぐものと考えられます。これに対して、債権者代位権は総債権者のために責任財産を保全するための制度であることから、反対する見解も主張されます。

効果 編集

債権者が債権者代位権の行使に着手した場合、債務者がその事実の通知を受けるか、あるいはこれを了知した場合には、債務者は被代位権利について債権者の代位権行使を妨げるような処分をする権能を失います(最判昭和48年4月24日民集27巻3号596頁)。

代位権行使の効果は直接債務者に帰属し、例えば債権者が被代位権利の目的物の引渡しを受けた場合には、債務者に対する弁済がなされたこととなります。

債権者が債務者に代位して第三者に対する訴訟をした場合、その判決の効力は債務者に及ぶとするのが判例(大判昭和15年3月15日民集19巻586頁)・通説です。この場合の債務者は、民事訴訟法115条1項2号の規定する「当事者が他人のために原告または被告となった場合のその他人」にあたる(なおここでの当事者とは裁判の当事者となった代位債権者)と考えます。

また、債権者は債権者代位権の行使に要した費用の償還を債務者に請求することできます。これについては債権者・債務者間に一種の法定委任関係を認めて民法650条により説明する見解が多数となっています。

債権者代位権の転用 編集

債権者の有する債権が金銭債権でない場合、責任財産の保全についてその債権者は利害関係を持たず、それが債務不履行によって損害賠償債権とならない限り関係がないというのが本来の債権者代位権の制度です。しかし、債権者が特定の債権を実現するために債務者の権利を代位行使することが必要な場合に、債権者代位権の本来の目的とは異なるものの、無資力を要件とせずその方法によることが認められている場合があり、これを債権者代位権の転用と呼んでいます。

なお、抵当権を保全するため所有権者の物権的請求権を代位行使する場合については、物権の抵当権1の講座を参照してください。

登記請求権 編集

債権者が債務者に対して有する登記請求権を保全するため、債務者が他の債務者に対して有する登記請求権を代位行使することが判例(大判明治43年7月6日民録16輯537頁)・通説において認められています。例えば土地がAからB、BからCへと譲渡された場合であって登記がAのもとにあるとき、CはAに、直接自己に登記を移転するよう請求することはできず(中間省略登記の請求権は認められていません)、登記がBに移されないとCは登記請求権を行使することができません。

Cは他に登記を得る適当な手段がなく、Bの登記請求権の代位行使を認める必要性があり、またこれを認めてもAに不当な不利益をもたらすものではないため、このような代位行使が認められています。

この場合の債権者代位権の行使は、責任財産を保全して金銭債権である被保全債権を保全するという目的のものではなく、特定の債権の保全を目的とするものであり、代位行使の必要性は債務者の無資力とは関係ありません。そこで、債務者の無資力は要件となるものではありません。

不動産賃借権 編集

不動産賃借権の目的物である土地などが不法に占拠されているような場合に、債権者(借主)が債務者(貸主)に対して有する不動産賃借権を保全するため、貸主が有する目的物の所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使することが判例(大判昭和4年12月16日民集8巻944頁)・通説において認められています。

借主が有する権利は、不動産の賃貸借契約による債権(601条)であるため第三者に対して主張できるものではなく、目的物が不法に占拠などされていても、不動産の明け渡しを直接求めることはできません。そこで、このような代位行使が認められています。なお、借主が目的不動産を占有している場合には占有の訴えによって妨害の停止や返還を請求でき、また賃借権が登記されるなどによって対抗力を備えている場合には、賃借権に基づく妨害排除請求権を認めるのが判例(最判昭和30年4月5日民集9巻4号431頁)です。

この場合にも、債務者の無資力は要件とはなりません。

金銭債権 編集

金銭債権が被保全債権である場合債権者代位権の本来の形であり、債務者の無資力が要件となりますが、これを要件とせず債務者の持つ登記請求権の代位行使を認めた判例(最判昭和50年3月6日民集29巻3号203頁)があります。

これは、不動産の売買契約が締結された後に売主が死亡し、目的不動産がAとBに共同相続され、Aが不動産の登記を買主に移転して売却代金を得ようとしたところBが登記の移転を拒絶したため、買主の有する同時履行の抗弁権を失わせて自己の代金債権を保全するため、買主のBに対する登記請求権を代位行使するという事例であり、最高裁は買主の無資力を要件とせず、これが認められると判断しました。

このように被保全債権が金銭債権であっても、その保全のためには他の適当な手段がなく、代位行使の必要性が認められる場合には、その特定の金銭債権を保全するため債権者代位権が無資力を要件とせず認められるものと考えられます(つまりこれも転用の事例です)。

もっとも、交通事故の被害者の遺族が加害者に対して有する損害賠償債権を保全するために、加害者の有する保険金請求権を代位行使することが問題となった事例について、交通事故による損害賠償債権も金銭債権であって保険金請求権を代位行使するには債務者の無資力が要件であるとした判例(最判昭和49年11月29日民集28巻8号1670頁)もあります。この判例に対して学説では、保険金は被害者の損害賠償請求権を担保する機能を持ち、損害賠償債権と保険金請求権は密接不可分の関係にあることから、転用を認めてよいとして強く反対されています。なおこのような事例については、その後保険約款の改正により被害者の直接請求が認められたため、現在問題となるものではありません。

(参照 w:債権者代位権