ここでは、訴えの利益について扱います。

この講座は、民事訴訟法の学科の一部です。前回の講座は当事者適格、次回の講座は訴訟の進行です。

訴えの利益とは 編集

裁判所の物的資源・人的資源には限りがあるので、仮に判決が出たとしても当事者のいずれにも無益な訴えは棄却されなければなりません[1]

裏を返せば、訴えが本案判決を得るための要件(訴訟要件)のひとつとして、その訴えには本案判決の存在する場合の利益の存在などといった何らかの必要性が見込めなければならず、この場合の利益のことを訴えの利益と言います。必然的に、訴えの利益を欠く訴えは、裁判所から訴え却下の判決をされます。

訴えの利益が必要とされる趣旨としては、被告の応訴強制の正当化や[2]、無用の訴訟を排除して効率的な裁判制度の運営を行うためのもの、などです。

訴えの種類は後述のように「給付の訴え」、「確認の訴え」、「形成の訴え」の3類型で分類されますが、訴えの利益の概念は、歴史的には「確認の訴え」をもとに確立していき、それがのちに給付や形成の訴えにも波及していきました。確認の訴えはその性質上、論理的には無限定なので、そのままではどのような訴えも起こされかねないので、訴えを必要性のあるものだけに限定する措置が必要とされるようになっていき、そのようにして「訴えの利益」の概念が確立していったという経緯があります[3][4]

原告に訴えの利益が認められるのであれば、被告に、これに応じさせてもやむを得ず、またそのような場合には被告にも請求棄却判決を得る利益があると考えられます。この訴えの利益は訴訟要件の一つであり、これが欠けていれば受訴裁判所は訴えを却下しなければなりません。

給付の訴え 編集

現在の給付の訴え 編集

「現在の給付の訴え」とは、既に履行期の到来した給付請求権を主張する訴えです[5]

「現在の給付の訴え」においては、原告が給付を請求できる地位にあるにもかかわらず給付を受けていないと主張しているのであって、当然紛争解決をする必要性・実効性があり、現在の給付を求めていること自体で訴えの利益が認められます。この際原告は、被告に請求したかどうかや被告が履行を拒絶したかどうかなどといったことをいう必要はありません。たとえ被告と争いとなっていなくとも、確定給付判決という債務名義を得る利益が原告には当然あると考えられます。

もっとも、現実に強制執行ができない場合、例えば芸術家に彫刻を彫ってもらう権利などの場合であっても、請求権の存在を認定して給付判決を得ておくことに意味があると考えられ、強制執行の可否は訴えの利益の存否と直結するものではないというのが多数説となっています。

将来の給付の訴え 編集

以上に対して、将来の給付を求める訴えは、将来請求権が発生したときに、あるいは期限等のついたものについて期限等の到来時に目的物の給付を求める訴えであり、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り認められます(135条)。この必要性が認められる場合としては、履行遅滞による損害が重大な場合や定期行為(民法542条)である場合、債務者が既にその義務の存在等を争っており任意の履行が期待できない事情が認められる場合があります。

もっとも定期行為については、あらかじめ債務名義を得ていても期日に履行がなされなければ、強制執行にはある程度の時間がかかるため、通常債権の目的を達成することはできないのですが、この場合についても、あらかじめ裁判で義務を確認することによって、履行期に履行することにつき被告の遵法精神に訴えておくという利益があるものと考えられています。

また、本来の請求に変わる代償請求についても、本来の給付の請求に加えてこれが併合されて提起された場合(例えば、ある壷を引き渡せ、もし引渡しできない場合には金100万円を支払えという場合)、訴えの利益が認められています。

確認の訴え 編集

確認の訴えについて、確認を求める行為とは本来は確認対象が無限定になりうるが、それでは実務に支障を来すため、実務的には何らかの条件により確認対象を限定する必要が生じる。

よって、訴えの利益(特に「確認の利益」という)によって対象に絞りを掛ける必要性が大きい。

確認の利益は、一般的には、原告の権利・法律関係に不安が現に存在し、かつその不安を解消する方法として原告・被告間においてその(権利・法律関係の)存否の判決をすることが有効・適切である場合に認められます。確認の対象はつまり、その権利・法律関係の存否の確認です。

その判断内容については、さまざまな分類が主張されていますが、さしあたり以下のように区別して検討します。

対象の適否 編集

どのような対象を訴訟物とするべきかということについては、従来原則として以下の点が肯定されてきました。

方法選択の適否

確認の訴えよりも更に適切な法的手段がある場合、原則として確認の利益は否定されます。例えば給付の訴えが可能なのであれば、その請求権自体の確認を求めるよりも、執行力を持つ給付判決を求める方が紛争解決手段として適切なので、原則として確認の利益は否定されます。

法律関係の確認であること
事実自体を確認したところで法的解決には迂遠なものであり、原則として、直接法的効果や法律関係を確認すべきであると考えられています。しかし、ある事実関係が特定の権利関係の前提条件になっている場合、事実関係が存在するかどうかの訴えには利益がありうる。このような考えから、証書真否確認の訴えと言うものが、民訴法でも例外的に認められており(134条)、よく書籍では遺言書の存否の訴えが、証書真否確認の訴えの典型例として、(書籍などで)紹介される事が多いです。真否確認の訴えとは、その名の通り、遺言書などの証書の真否の確認を訴える行為です[6]
現在の権利・法律関係の確認であること[7]
過去の法律関係の確認をしたところで、現在の法律関係はこれとは異なっている可能性があり、原則として直接に現在の法律関係を確認すべきであると考えられます。もっとも過去の法律関係であっても、それがさまざまな法律関係の源泉となっており、それを明らかにすることが現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切と認められる場合には、例外的に確認の利益が肯定されます。
積極的確認であること
例えばA(相手方)に甲の所有権がないというような権利の不存在の確認(消極的確認)よりも、原告B(自分)が自分(B)に甲の所有権があるというような権利の存在の確認(積極的確認)を求めた方が、原告が勝訴した場合その権利が誰に属するかが既判力をもって確定されることとなるため、紛争解決の実効性が高いと考えられている。よって、原則として消極的確認よりも積極的確認を求めるべきであると考えられます。


以上に関する判例として、以下のものがあります。(確認の対象を限定する事の妥当性)

最判昭和47年2月15日民集26巻1号30頁[8]
本件は、共同相続人である原告Xらと被告Yらとの間で、被相続人の行った遺言の無効が争われた事案です。原審は、遺言は一つの法律行為であってその有効無効は法的判断を包含するが、法律関係そのものではなく、法律効果発生の要件たる前提事実に過ぎず、これを現在かつ特定の法律関係とは認めがたいとして、これを却下した第一審を維持しました。
最高裁は、「いわゆる遺言無効確認の訴えは、遺言が無効であることを確認するとの請求の趣旨のもとに提起されるから、形式上過去の法律行為の確認を求めることとなるが、請求の趣旨がかかる形式をとっていても、遺言が有効であるとすれば、それから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で、原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは、適法として許容されうるものと解するのが相当である。けだし、右のごとき場合には、請求の趣旨を、あえて遺言から生ずべき現在の個別的法律関係に還元して表現するまでもなく、いかなる権利関係につき審理判断するかについて明確さを欠くことはなく、また、判決において、端的に、当事者間の紛争の直接的な対象である基本的法律行為たる遺言の無効の当否を判示することによって、確認訴訟のもつ紛争解決機能が果たされえることが明らかだからである。」と判示しました。

紛争の成熟性 編集

「紛争の成熟性」は「即時確定の利益」または「即時確定の必要」[9]とも言われます。

確認の利益が認められるためには、

・原告の権利・法的地位に現に不安が生じており、その不安の原因が被告の行動によるものであること。つまり、被告が原告の現在の権利関係・法的地位を侵害しているという訴えであること。
・確認を求めようとしている原告の権利・法的地位が現に具体化・現実化していること。訴えの認められる程度については、権利・法的地位への侵害の可能性が確実視できる程度またはそれ以上なら、訴えが認められる[10]。(その他、契約などとして、将来的に具体化する権利を取得している場合には、判例では現在の権利と見なせ、訴えが認められる[11]。)

などが必要です。

このような不安が生じているのでなければ確認する意味はなく、またそれが抽象的なものにとどまっているのであれば、もし将来の具体化した時点の間に前提条件が変動してしまえば判決が無駄になってしまうおそれもあるので[12]、原則として具体化した段階で訴訟をする方が適切であつので、具体化してない時点では確認の利益はないと考えられます。

判例では、敷金返還請求権の訴訟において、賃借人が建物賃貸借契約終了前の敷金返還請求権の確認の訴えが認められている(最判平成11・1・21民集53巻1号1頁)[13]

「即時確定の利益」に関する判例として、以下のものがあります。

最判平成11年6月11日家月52巻1号81頁
本件は、原告Xが、その父Y及びYの遺言によって土地建物を遺贈するとされたZを相手として、Yがアルツハイマーによって禁治産(現在の成年被後見人に相当)宣告がなされ、回復の見込みがないという状況の下、Y生存中に、遺言が無効であることの確認を求めて訴えを提起したという事案です。
最高裁は、「遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり、遺言者はいつでも既にした遺言を取消すことができ、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じないのであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるに過ぎない。したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心神喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。したがって、XがYの生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。」と判示しました。

形成の訴え 編集

形成の訴えは、実体法上その必要がある場合について個別の規定が置かれているのであって、その個別の規定の要件を充たして訴えが提起できる場合には、訴えの利益があるのが原則となります。

もっとも、例外的に訴えの利益がなくなると考えられる場合もあり、例えば株主総会の取締役選任決議の取消訴訟について、訴訟の係属中にその決議に基づき選任された取締役がすべて任期満了により退任し、別の株主総会決議によって新たな役員が選任されたという場合に、特段の事情がない限り退任した取締役の選任決議を取消す実益はなく、訴えの利益を欠くとした判例(最判昭和45年4月2日民集24巻4号223頁)や、株主総会での役員の退職慰労金決議について説明義務違反を理由として取消し訴訟が提起されたところ、同一内容の議案を、第一の決議の取消が確定した場合には第一決議のときに遡及して効力が生ずるとして再決議した場合に、もはや第一の決議を取消す実益はなくなったとして訴えを却下した判例(最判平成4年10月29日民集46巻7号2580頁)があります。

また行政事件では、5月1日のメーデーを皇居外苑で開催しようとしたところ使用不許可処分が出されたためその取消訴訟を提起したが、係属中に5月1日が経過したため、不許可処分取消しの訴えの利益はなくなったとした判例(最大判平成昭和28年12月23日民集7巻13号1561頁)があります。

(参照 w:訴えの利益

  1. 安西、P36
  2. 安西、P36
  3. 三木、P357
  4. 山本、P73
  5. 安西、P36
  6. 安西、P39
  7. 安西、P39
  8. 安西、P39
  9. 三木、P370
  10. 安西、P41
  11. 三木、P371
  12. 安西、P40
  13. 三木、P371