物権的請求権とは、物権に基づいて物権に対する侵害を除去したり、侵害を予防することを請求する権利のことです。ここでは、この物権的請求権について学びます。

この講座は、民法(物権)の学科の一部です。

前回の講座は、物権とは、次回の講座は、物権変動です。

物権的請求権とは 編集

物権的請求権とは、物権者に認められている物の支配を、他者が正当な権限なく侵害している場合、またはその危険がある場合に、侵害やその危険の除去を求める権利です。

民法では、物権的請求権についての規定を置いてはいませんが、このような権利を認めなければ物権という物に対する支配権を定めた意味がなく、物権の性質上当然に認められるものと考えられています。また、物権よりも権利として弱い占有権においてさえも占有の訴えが認められており、より強力な権利である物権にも認められて当然のものであり、加えて202条においても本権の訴えの存在を前提としているため、物権的請求権が一般に認められています。

物権的請求権以外にも、侵害が行われた際には不法行為や不当利得に関する規定によってその侵害の除去や損害賠償を図ることができますが、不法行為による請求では現物の返還が認められるわけではなく、また相手方に故意や過失が必要となります。不当利得による請求では、例えば侵害の危険が迫っている場合でも、実際に相手方が不当な利得を得なければ請求ができません。

このような不法行為や不当利得による請求に対して、物権的請求権による請求では自己が物権を有していることと、相手方が正当な権限なく侵害している、もしくは侵害の危険があるという客観的事実があれば足り、相手方の故意や過失は必要なく、また侵害の予防についても請求することができます。また、不法行為などに基づく請求権と異なり物権的請求権は消滅時効によって消滅することもないとされています(大判大正11年8月21日)。

物権的請求権は、占有の訴えに対応し、物権的返還請求権、物権的妨害排除請求権、物権的妨害予防請求権の3つに区別されています。ただしどのような物権に対してもこの3つが全て認められるわけではなく、その物権の内容によります。なお請求の際、自己に現在所有権があるというために、直接それを立証するのは現実には困難であり、何らかの所有権所得原因があったことを主張・立証すればよい(例えば、その物を購入したこととその売主が所有権を有していたことを主張・立証することで足り、これを否定する場合には相手方が、もはや所有権がないこと、例えばその物をすでに売却したことを主張・立証する)ものとされています。

物権的返還請求権
物権的返還請求権は、自己の所有権(などの物権)を有する物が他者により正当な権限なく占有されている場合に、その物の占有の回復を求めることができる権利です。例えば、盗まれた絵画の返還を請求する場合などがあります。
物権的妨害排除請求権
物権的妨害排除請求権は、物権の行使が占有を奪う形態以外の形態で正当な権限なく妨害された場合に、その妨害の排除を求めることができる権利です。例えば、所有する土地にごみが捨てられている場合に、そのごみを除去することを請求する場合などがあります。
抵当権については、抵当権の対象となっている不動産が第三者に占有されている場合、本来抵当権はその交換価値の把握を目的とするものであって、第三者が占有しているからといって必ずしもその妨害とはならないとも考えられ問題となります。判例は、第三者が抵当権の実行としての競売を妨害する目的で占有をしており、かつその占有によって抵当権者の抵当権の実現(抵当不動産から優先的に弁済を受けること)が困難になるような場合は、抵当権者は占有者(正当な権限を持つか否かに関わりなく)に対して妨害排除を求めることができ、また、その所有者が抵当権に対する侵害が生じないよう適切にこれを維持管理することが期待できない場合には、直接自己へと抵当不動産を明渡すよう、占有者に請求することができるとされています(最判平成17年3月10日)。これについては抵当権1の講座も参照してください。
物権的妨害予防請求権
物権的妨害予防請求権は、物権の行使が正当な権限なく妨害される危険があると認められる具体的事情がある場合に、そのような危険が現実のものとならないよう予防することを求める権利です。例えば、隣の家の木がこちら側に倒れてきそうになっているときに、倒れてこないよう予防することを請求する場合などがあります。

請求の相手方 編集

物権的請求権の相手方となる者は、その時点において侵害または侵害の危険を生じさせている者となるのが原則とされています。現在の侵害を除去して物権の内容を実現するのが物権的請求権の目的であり、そのため過去の侵害者は相手方とならないものとされています。

ただし、自己の土地に不法に建物が建てられている場合において、建物収去・土地明渡請求の相手方となる者として、たとえその建物を既に他人に譲渡し、現在ではそれを占有していない者であっても、建物の登記を移しておらず、自己の所有物として登記をしたままにしているのであれば、その登記名義人に対して請求をすることができ、登記名義人は所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡の義務を免れることはできない(最判平成6年2月8日)とされています。

これは、土地所有者を保護する要請が強く、一方で登記を移すべきであるところ放置していた登記名義人には帰責性があり、登記にない現在の建物所有者を調査させるという困難を土地所有者に課すのは妥当ではなく請求を認めるべきとしたものと考えられています。また、建物の所有者にしてみれば、建物はいずれにせよ収去しなければならないのであり、自己の関与しないまま請求が認められたとしても、その保護を図る必要性は低く問題ないものとされています。そこで、この判例では、177条の「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」により、(通常問題となるのは得喪の得の場合ですが)所有権の喪失についても第三者に対抗できず、土地所有者は登記名義人に対しても、また譲渡を認めて建物所有者に対しても請求できるものとしています。

ただし、177条の趣旨は取引者保護のための規定であり、このような場合は177条の問題ではないとの見解も主張されています。

なお、未登記建物が未登記のまま譲渡され、その後他者によって譲渡人に登記がなされた場合には登記名義人には登記移転に関する帰責性はなく、または未登記建物の所有者は建物譲渡により確定的に所有権を失うために、登記名義人に対する請求は認められていません(最判昭和35年6月17日)。また、建物の登記名義人が実際にはその建物を所有したことがなく、登記名義だけを有するに過ぎない場合にも、登記名義人に対する請求は認められない(最判昭和47年12月7日)とされています。このような完全な無権利者を所有者とする登記は、無効な登記と考えられます。

権利の内容 編集

物権的請求権の内容はどのようなものかについて、見解の対立があります。これは、物権的請求権によって、例えばAの所有する車がBの所有する土地に放置されているような場合、相手方に対して何を請求することができるかということです。

行為請求権説 編集

行為請求権説とは、物権的請求権の請求者は相手方に自己の物権を回復するための行為を請求することができるとする見解です。このように物権的請求権を行為請求権と解する説が従来の通説であり、判例(大判昭和5年10月31日ほか)も基本的にこの立場と考えられています。ただし、物権的請求権が不可抗力による場合と、被害者自ら侵害を容認すべき義務を負う場合には別であることを示唆しています(大判昭和12年11月19日)。そのため、前記のAが請求する場合には車を自宅などまでBに持ってくるように請求する(物権的返還請求権の行使)ことができ、一方Bが請求する場合には自己の土地から車を撤去するようにAに請求する(物権的妨害排除請求権の行使)ことができるものと考えられます。

このような見解は、物権者には物権の行使が法によって認められており、それを妨げられた場合には支配の回復を求める権利があるということと、自らの行為や自らの支配する物によって他者の権利を妨げるものは、法の保障する権利行使を侵害しており、例えそれが自己の物によるものであっても自己の支配する物が発生源となって侵害をした以上、責任を免れないという考え方によります。

忍容請求権説 編集

忍容請求権説とは、物権的請求権の請求者は相手方に自己の物権を回復するための行為を忍容(つまり土地の立ち入りなどについて妨害しないように、など)するよう請求することができるとする見解です。そのため、前記のAが請求する場合には、Aが車の回収のためBの土地に立ち入ることを認めるように、Bが請求する場合には、Bが土地利用のためAの車を移動させることを認めるように請求することができるものと考えられます。

このような見解は、一般に物権の権利内容は、契約などの特段の法律関係がない限り、他人に対しては物の支配を妨げないという不作為請求に留められているのであり、物支配が侵害されている場合にもこれは維持されるものであり忍容を請求することに留まるとの考えによるものです。そして、不法行為による侵害(例えばAが故意にBの土地に車を捨てた場合)については不法行為を原因とした請求で解決が図られるものとしています。

両説に対する批判 編集

行為請求権説および忍容請求権説に対して、その侵害が不法行為などによるものであればともかく、不可抗力による場合、いずれにせよ妥当な結論にならないのではないかと議論されています。これは、例えばAの車が何者かに盗まれBの土地に放置された場合、行為請求権説によれば先に請求したものが相手方の(費用などの)負担において物権を回復することとなり(つまり先に請求したものが得をする)、一方忍容請求権説によれば先に請求したものが自己の負担において物権を回復することとなる(つまり我慢した方が得をする)ため、その妥当性について批判するものです。

そこで、例で言うAの車はBの土地の支配を侵害しているものの、所有する土地の中にある物が入ってきたとして当然に土地の所有者による物の占有が起こるわけではなく、占有の意思がない以上はBはAの車を占有していないとしてAの物権的返還請求権を否定し、Bの側からの物権的妨害排除請求権を認めればよい(Bが積極的にAの車の回収を妨害したなどという場合は別として。Bが積極的に車を土地に置いておこうとした場合には、Bは自己の意思で土地上に車を置いているのであり、もはやBの土地の支配は侵害されてはおらず、Aの車の支配だけが侵害されているものと考えられます。)という侵害基準説も主張されています。

(参照 w:物権的請求権