無権代理(むけんだいり)とは、本人を代理する権限がないにもかかわらず、勝手に代理人として行われた代理をいいます。無権代理は、広義には表見代理が成立する場合を含みますが、狭義には広義の無権代理のうち表見代理が成立しない場合のみを指します。ここでは、主に狭義の無権代理について学びます。

この講義は、民法(総則)の講座の一部です。

前回の講義は、代理、次回の講義は、表見代理です。

効果の帰属

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無権代理行為は、代理人の法律行為の効果を本人に帰属させるという代理権の付与がない以上、原則として本人に効果が帰属しません。しかし、本人がこの効果を引き受ける意思がある場合には、相手方にとっても有益であって敢えて効果を帰属させない理由は無く、本人には追認権が与えられています。民法では、以下のように定めています。

113条1項 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。

2項 追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。

追認がなされると、原則として効果は無権代理行為時に遡って本人に帰属していたこととなります。ただし、本人が別の意思表示をし、相手方がこれに同意した場合にはそれによります。追認の効果は第三者を害することは出来ません(116条)。

また、本人は追認とは逆に追認拒絶をすることもでき、その場合(表見代理が認められない限り)確定的に効果は帰属しないこととなります。そして、これにより以後本人も追認できなくなります(最判平成10年7月7日)。

追認および追認拒絶の意思表示は、相手方に対してしても、無権代理人に対してしてもよいとされていますが、代理人に対して行った場合には、相手方がそれを知らない限り、相手方に追認・追認拒絶の意思表示による効果を主張することは出来ません。

相手方の保護

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催告権と契約取消権

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前記のように、無権代理による法律行為は本人が追認することも追認拒絶することも出来るため、相手方は不安定な状態に置かれます。そこで、相手方に追認するかどうかの回答を求める催告権と、自ら契約を確定的に取り消す契約取消権が認められています。

相手方は、本人に相当の期間を定めて追認するかどうか催告することができ、本人が回答すればその回答による追認もしくは追認拒絶の効果が、回答がない場合には追認を拒絶したものとしての効果が発生します(114条)。

また、契約を取消すこともでき、相手方が契約を取消した場合には契約は遡及的に無効となり、無権代理行為の存在を前提とした法律行為は全て存在しなかったものとなります(そのため無権代理人に対して履行請求などすることも出来なくなります。)。ただし、相手方が無権代理であることを知っていた場合には、契約取消権を有しないものとされています(115条)。

無権代理人の責任

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無権代理人は、自己の無権代理行為による責任を負わなければなりません。民法では、無権代理人の責任について、以下のように定めています。

117条1項 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったときは、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。

2項 前項の規定は、他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき、若しくは過失によって知らなかったとき、又は他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったときは、適用しない。

これにより、まず、無権代理の契約の相手方は無権代理人に対して履行請求をすることができます。履行請求がなされると、無権代理人はその契約に定められた権利義務を負うこととなります。もっとも、相手方から何かを買うような契約なら(そのための資力があれば)無権代理人に買わせることができるため意味がありますが、無権代理人が本人の所有する特定物(土地や絵画など)を売る契約をしたような場合には、履行請求したところで意味はないと言えます。

また、相手方は損害賠償を請求することもでき、この損害賠償は契約の履行に代わるものとして与えられる権利と考えられているため、履行利益(契約が履行されたのであれば得られたであろう利益)の賠償を求めることが出来るものとされています。

無権代理人は以上のような責任を負うのですが、この責任は通説によれば無過失責任であると考えられており、たとえ自己が代理権を持たないことにつき善意無過失であっても、前記のような義務を負わなければなりません。

ただし、相手方が無権代理と知っていた場合や相手方の過失によって知らなかった場合、あるいは無権代理人が行為能力を持たない場合には、このような責任を負わせることは妥当ではなく、117条1項の規定は適用されないこととなっています。

また、相手方は履行請求と損害賠償とのどちらでも選択できるという形で規定がなされていますが、選択がなされない場合に、選択債権と同様に考えることが妥当か否かについては見解の対立があります。

相手方の善意無過失

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117条2項から、判例では、相手方がこの規定により保護を受けるためには善意無過失でなければならないとしています。つまり、ここでいう過失は重過失の意味に解するべきものでもなく、無権代理人に無過失責任という重い責任を課す以上、それにより保護を受けようとする相手方には無過失まで要求してよいと考えるものです。また、相手方の信頼保護を重視する考え方からは、相手方の信頼が保護を受けるためにはその信頼が保護に値するものでなければならないとも言われます。

しかし、このような考え方には批判もなされており、無権代理人が善意無過失の場合にはともかく、悪意(自己に代理権がないことを知っていながら相手方を騙したような場合)の場合において、相手方に無過失まで要求するのは行き過ぎとする見解が主張されています。また、相手方が善意無過失の場合には、かなりの場合において表見代理による救済も図られうる(そのため無権代理行為の効果も本人に帰属する)のであるから、ここで善意無過失まで要求すると117条の存在意義がほとんどなくなってしまうとの主張がなされることもあります。

また、無権代理人が117条1項の責任のほかに、不法行為責任も負うかどうかについても見解の対立があり、これは相手方に過失があるため117条によって保護されないという場合に、実質的な差異が生じることとなります。

不法行為責任を負わないとする見解によれば、無権代理人からの救済については特別に定められた117条によって判断されるものであり、これとは別に不法行為責任を追及することは認められないということになります。

これに対して、不法行為責任も負うとする見解によると、117条は、相手方が善意無過失の場合には、無権代理人に履行ないし履行利益の賠償という重い責任を課すとする規定であり、この場合には相手方に善意無過失まで求められるのが相当とする一方で、相手方に過失がある場合には、(117条が適用されないため通常通り)不法行為責任により、信頼利益(契約によって必要となった事務処理費用や、契約の履行準備のためにかかったコストなど)の賠償を無権代理人に求めることが出来ると考えるものです(ただし、この場合相手方の過失の程度によって過失相殺がなされることとなります)。

無権代理と相続

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無権代理人が本人の地位を相続により包括承継した場合や、本人が無権代理人の地位を包括承継した場合に、無権代理人としての責任や本人の権利がどうなるのか、議論されています。

無権代理人による本人の相続

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本人が追認も追認拒絶もしないまま(相手方も契約を取消していない状態で)死亡し、無権代理人がそれを相続した場合、判例(大判昭和2年3月22日など)では、無権代理人としての資格は、本人としての資格と融合し、法律行為は当初から有効であったと扱われるようになるとしています(資格融合説)。しかし、学説上これは支持されておらず、その理由として、資格融合説によれば悪意の相手方まで保護されてしまうこと、また法律行為が自動的に有効となることで善意の相手方が契約取消権を失うこと、共同相続の場合や本人が無権代理人を相続した場合には資格が融合するとしてしまうと不都合が生じることが挙げられています。そこで、学説では一般に、無権代理人が本人を相続しても資格の融合は生じないとしています(資格併存説)。

その上で、信義則上、代理人と称して行動しておきながら、その後無権代理人が本人の資格を得たからといって追認拒絶することは許されないとする信義則説と、相続という偶然の事情によって相手方が特に保護される理由は無く、またそもそも無権代理人も相手方が悪意や有過失の場合には履行できる場合でも履行しなくともよいとされており、相続の場合のみ信義則といって履行を強制する理由は無いとして、無権代理人は本人としての資格も自由に行使することができ、そのため追認拒絶もできるとする完全併存説(資格併存貫徹説)に分かれています。

また、追認拒絶の後本人が死亡した場合には、判例においては無効が確定されたものとしています(最判平成10年7月17日)が、信義則説の立場からは、本人のなされた追認拒絶を援用することもまた信義則に反するものとして、相続人に履行を求めることが出来るとの見解も主張されています。

単独相続ではなく共同相続の場合には、判例では追認権を不可分のものと捉え、共同相続人全員で追認しなければ追認の効果は生じないとしています。

本人による無権代理人の相続

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無権代理人が死亡し、本人がそれを相続した場合、判例・学説では、本人として追認拒絶することは信義則にも反せず、可能であるとしています(最判昭和37年4月20日)。

ここで、本人は相続により無権代理人としての責任を負うこととなります(最判昭和48年7月3日)が、不動産などの本人所有の特定物を引渡す契約などにおいて、相手方が善意無過失の場合に(無権代理人に対して認めらている)履行請求をすることができるかどうかについては、見解が分かれています。

通説においては、履行請求を認めれば本人として追認拒絶を認めた意味がなくなり、共同相続の場合には本人だけ履行しなければならず不利な立場におかれること、そして相手方に対して相続という偶然の事情によって過剰な保護を与える必要はないとして、不動産の引渡しの請求を否定しています(損害賠償の請求だけが認められることとなります。)。また、これと類似性が認められる他人物売買の事例(自己の権利を勝手に売られたものが、その売主を相続したもの)において、権利者が権利移転を拒むことができるとする判例(最大判昭和49年9月4日)もあります。しかし、完全併存説の立場から、履行請求もできるとする主張もなされています。

第三者による双方の相続

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無権代理人が死亡し、第三者がそれを相続し、その後本人が死亡して同じ第三者が本人の資格もまた相続した場合(およびその逆に本人が先に死亡し、その後無権代理人が死亡した場合)に、どのように考えるかについて、判例では、第三者が無権代理人を先に相続した場合には無権代理人が本人を相続した場合と同様に考えるものとしています(最判昭和63年3月1日)。この考え方からすると、逆に本人を先に相続した場合には本人が無権代理人を相続した場合と同様に考えることとなります。

しかし、このように相続する順番によって結論が変わるのは妥当ではないとの批判もなされており、信義則説の立場からは、第三者が無権代理行為をしたわけでない以上本人として追認拒絶することは信義則に反せず可能とし、また完全併存説の立場からは当然に追認拒絶も可能なものとされています。

(参照 w:無権代理