代理とは、代理人が本人のために意思表示をする、もしくは意思表示を受けることで、法律行為の効果が本人に帰属することを認める制度です。なお、代理人が代理権を持たない場合である、無権代理表見代理については次回・次々回の講座で学び、ここでは代理制度・有権代理について学びます。

この講義は、民法(総則)の講座の一部です。

前回の講義は、無効と取消、次回の講義は、無権代理です。

代理制度 編集

代理制度には、私的自治の拡張と、私的自治の補充の二つの役割があるといわれています。

私的自治の拡張
人は法律関係を自ら自由に形成できるものとされていますが、個人の事務処理能力や行動力には限界があります(例えば異なる場所で同時に存在することは出来ません)。代理人を使って活動することで、そのような限界を乗り越えて法律関係をより自由に形成することが出来るようになります。
私的自治の補充
人は法律関係を自由に形成できるものとされていますが、一方で合理的に行動する十分な知的能力を持たない社会的弱者につき、保護を図る必要があります。そして、これらの者がただ法律行為を行うことが出来ないとするだけでは、必要な法律行為まで行えないこととなってしまい不都合があります。そこで、このような不都合を、代理人を通じて活動することで乗り越えることが出来るようするのも代理制度の役割です。このような者は通常自ら代理人を選任することも出来ないため、法律により代理人が選任されます(法定代理人)。

また、法人の活動を支援する役割もあります。

代理人が本人に代わって意思表示を行うものを能動代理、逆に相手方の意思表示を受けるものを受動代理と呼びます。

代理の要件 編集

代理行為も、法律行為であり各法律行為に関する成立要件を満たす必要があります。しかしそれ以外にも、法律行為が代理として認められ、本人に効果が帰属するために充たすべき要件が定められています。民法では、

99条1項 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。

2項 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

と定めています。すなわち、

  1. まず、代理人が有効に代理権(本人に代わって当該法律行為を行う資格)を持つ必要があります。本人などから有効に代理権を与えられずに勝手に代理人と名乗った場合には、次回の講座で扱う無権代理などの問題となります。この場合原則として本人に効果は帰属しません。
  2. また、代理人はその意思表示が代理人として本人のためにするものであることを示さなければなりません。これを顕名と言います。顕名がなされない場合には、原則として代理人自身に効果が帰属します(100条)。

代理権 編集

代理権は、法定代理人については法の規定により、任意代理人については本人による代理権の授権によって与えられ、その範囲は法の規定や、代理権授権行為の内容の解釈によって確定されます。

代理権授権は口頭の合意でもよいとされていますが、代理権の存在を証明するためにも、多くの場合に代理人には委任状と呼ばれる書面が渡され、ここには本人・代理人・相手方および代理権の内容などが記されています。また、それらの一部について、空白のままにした白紙委任状も用いられます。

代理権授権行為の法的性質については見解の対立があり、通説的見解である事務処理契約説(委任契約説)のほか、無名契約説(代理権授与契約という契約があるものと観念します)や代理権授与行為を単独行為とみる説などがありますが、このような性質についての議論は無益な議論であるとの指摘もなされています。

代理権授権行為の内容が解釈によっても明らかにならない場合には、代理の目的となる物や権利の保存行為と、その利用行為、改良行為のみについて権限を有するものと定められています(103条)。ただし、改良行為も客体の性質を変えるものは許されておらず、また処分行為も出来ません。例えば農地であれば、その保全(草刈りや破損した水路の修復など)、利用(稲作など)、客体の性質を変えない改良(灌漑施設の設置など)はできますが、農地を宅地にしたり(性質を変える改良)、売却したり(処分行為)は出来ないということになります。

復代理 編集

復代理とは、代理人が代理権を持つ事項につき、さらに代理人を選任して代理させることをいいます。復代理が認められるかどうかは法定代理人と任意代理人とで異なります。

任意代理人の場合
任意代理人は、本人から特に選ばれて代理権を与えられたのであり、それを勝手に他者に復任できるとしたのでは本人の意思に反することになります。そこで、104条において本人の承諾を得たときか、やむを得ない事情があるときのみ復任できると定められています。このため任意代理人は広く自己執行義務を負うこととなりますが、任意代理人は自由に辞任できるため、過度な負担を課すものではないと考えられています。
法定代理人の場合
法定代理人は、自由に復任出来る(106条前段)と定められています。法定代理人の本人は、もともと代理人選任の自由を持たず、身分関係などを考慮して法定代理人が選任されるのではあるものの、復任により本人の意思に反すると言うことはありません。また、法定代理人は代理権の範囲が極めて広く、辞任の自由を持たない者(親権者・成年後見人など)もあり、このような者に自己執行義務を課せば過重な負担となり、かえっていい加減な代理行為で本人の利益が害されることも起こりうるためと考えられています。

復代理人は、本人に対して代理人と同一の権利を有し、義務を負うことと定められています(107条2項)。

また、本代理人(本人から直接代理権を与えられたもの)は、代理権を失うわけではないため、本代理人が代理人として行った行為も代理行為として、その効果は本人に帰属します。

任意代理での本代理人は、復代理人の選任および監督について責任を負います(105条1項)。ただし本人の指名により復代理人が選任された場合には、本代理人の責任は、復代理人が不適任又は不誠実であることを知りながら、その旨を本人に通知し又は復代理人を解任することを怠ったときのみに軽減されます(105条2項)。

これに対して法定代理での本代理人は、原則として復代理人の行為全てについて責任を負うこととなっています。法定代理人は自由に復任出来るため、無責任な復任がなされないよう重い責任が課されているのです。ただし、やむを得ない場合の復任については、任意代理の本代理人と同程度の責任に軽減されています(106条)。

代理権の制限 編集

共同代理 編集

代理人が複数選任された場合、原則として各代理人は単独で代理できます。しかし、特に共同して代理するように定められた場合、これを共同代理と言い、代理人は単独では能動代理行為につき代理行為をすることが出来なくなります。なお、このような共同代理は慎重に判断がなされることを要請するものと考えられますが、受動代理については、相手方の意思表示を受けるだけなので代理人が共同でする必要性は認められず、また共同代理人全員に対して意思表示がなされなければならないとすると、相手方に負担を課すものとなるため、共同代理と定められていても受動代理は単独で出来るものとされています。

自己契約と双方代理 編集

108条 同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

民法では108条により、自己契約や双方代理が原則として禁止されています。そして禁止に反する行為は無権代理行為となります。ここで、自己契約とは代理している契約の相手方に代理人自身がなることを言い、双方代理とは、契約の両当事者の代理人を同じ者がすることを言います。代理人は本人の利益のために選任され、本人の利益に則して行動することが求められているところ、このような場合には、本人の利益が害される可能性が高くなるためです。すなわち、利益相反行為の禁止がこの規定の趣旨であると考えられます。

そこで、本人がそれを許しており保護の必要がない場合や、本人の利益が害される虞がない場合には、自己契約や双方代理も認められると考えられます。

なお、契約の相手方に本人の代理人を選任することを認めるような契約(家屋の賃貸借契約で、賃借人と賃貸人の間で紛争が起こった場合には賃貸人が賃借人の代理人を選任して、賃貸人と賃貸人が選任した賃借人の代理人とで交渉する)は、形式的には自己契約にも双方代理にも当たりませんが、実質的に利益相反行為と言え、108条本文の趣旨を援用して無効とされています(大判昭和7年6月6日)。

代理行為の瑕疵 編集

代理人の意思表示の瑕疵 編集

代理行為によって法律行為がなされる場合でも、当事者同士による法律行為の場合と同様、意思表示について瑕疵が生じることがあります。そこで、意思表示の瑕疵につき、代理人について考慮するのか本人について考慮するのか(あるいは両方考慮するのか)が、問題となります。

民法では、

101条1項 意思表示の効力が意思の不存在、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。

2項 特定の法律行為をすることを委託された場合において、代理人が本人の指図に従ってその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする。

と定めており、原則として意思表示の瑕疵について代理人について考慮するとしています。そして例外として、101条2項により代理人が本人の指示に従って行為していた場合には、本人が自ら知っていたこと、および過失により知らなかったことにつき、代理人の不知を主張することができないとされています。

これは、本人は代理人の不知を利用して有利な結果を得るのは公平ではないという考えに基づくものとされており、これをさらに拡張して、本人が代理人を実際に指示していた場合のみならず、代理人をコントロールする可能性を有していた場合にも、本人の主観的態様(悪意や過失)を考慮すべきとの見解も主張されています。これは、自己の利益は自ら守るべきであり、代理人の選任によっても本人がその義務を免れるわけではなく、本人が自己の利益保護を怠っていたのであれば、保護を受けるには値しないとの考えによるものです。この見解によれば、例え代理人が騙されていた場合でも、本人がそれを知りながら放置した場合には、詐欺を理由とした取消しが主張できないこととなります。

相手方の意思表示の瑕疵 編集

上のような場合とは逆に、代理人が詐欺を働いた場合などについても、これをどのように考えるか問題となります。

判例では、代理人が詐欺を働いた場合について101条を適用したものがありますが、学説では、101条は代理人の意思表示自体に瑕疵がある場合を対象としたものであり、また、このような場合にまで101条を適用すると本人が詐欺を働いた(そして代理人は知らなかった)場合に説明に窮することとなる(101条によって、本人が相手方を騙した場合に代理人が詐欺を働いたわけではないから第三者の詐欺であり、代理人が本人の欺罔行為を知らなければ相手方は取消しできないのである、とするのは認めがたい)ため、直接本人側の詐欺行為として96条1項が適用され、相手方の保護が図られるとする見解も主張されています。

代理人の行為能力制限 編集

代理人が制限行為能力者であっても、それを理由に法律行為を取消すことは出来ないと定められています(102条)。代理行為の効果は本人に帰属するのであり、制限行為能力者制度による保護の対象となるものではなく、またそのような代理人を自ら選んだ以上、本人がその効果を引き受けるのも当然であるからです。ただし、意思表示をする以上意思能力は必要です。

代理権の濫用 編集

代理権の濫用とは、本来代理人はその授与された代理権を本人の利益のために用いて行動するべきであるのに、これに反して自己や第三者の利益を図るといった背信的意図に基づいて代理権を行使することを言います。なお、濫用とはあくまでも有効な代理権の範囲内で自己の利益などを図るものであり、権限外のことを行った場合には、無権代理となり、表見代理の制度により相手方の保護などが図られることとなります。

代理権濫用の場合に関する規定は民法には置かれていませんが、本人の保護の必要性もあり、どのように考えるかが議論されています。なお、代理権濫用を代理権の権限外の行為(無権代理の場合)と区別せずに、表見代理によって保護を図るとの考え方もあり得るものですが、判例、および通説では代理権濫用と代理権の権限外の行為の場合とを区別して扱っています。

表見代理の場合であれば、本人に代理権の有無等につき確認するなど、まだ権限外であることを確認する手段が相手側にあるのに対して、代理権濫用の場合には代理行為が背信的意図によるものかどうか判別するのは困難です。またそのような代理人を選任して利益を得ようとした本人が、代理人の代理権濫用のリスクについても負担するのが相当と考えられます。そこで、代理権濫用の場合には、権限外の行為が行われたという表見代理の場合よりもより強く相手側が保護されるのが妥当なものと考えられています(権限外の行為において表見代理で保護されるためには、相手方が自己に代理権の範囲内と信じた正当な理由があることを主張・立証しなければ代理行為の効果は本人に帰属しないのに対して、例えば判例のように心裡留保の類推であれば本人が相手方の悪意・有過失を主張・立証しない限り、原則として代理行為の効果は本人に帰属することになる点で異なります)。

そして、判例では、任意代理権の濫用の場合につき、代理人が自己または第三者の利益を図るため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の意図を知り、または知ることができた場合に限り、93条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責任を負わないものとしています(最判昭和42年4月20日)。また、法定代理権の濫用においても、同様の構成をとっています(最判平成4年12月10日)。

これは、代理権濫用による代理行為においては、本人の真意と代理人の背信的意思との不一致があり、かつその不一致を代理人が知りながら、本人の真意に反した代理行為を行ういうこと、さらに、相手方は通常本人の真意を知りえない以上、その信頼を保護し取引の安全を図る必要があり、その一方で代理権濫用につき悪意や過失のある相手方についてまで保護する必要はないということで、心裡留保の場合との類似性を認め、93条但書の類推適用をしたものと考えられます。

これに対し学説では、代理人は自らの背信的意図に従い、その通りに代理行為を行っているのであるから、心裡留保の規定を類推する基礎を欠くとの批判がなされています。そして、民法の一般原則である信義則(1条2項)から、本人は原則として無効を主張できず、ただ相手方が悪意重過失の場合、あるいは相手方が悪意有過失の場合には(ここは見解によって異なります)、代理行為の効果帰属を否定できるとする見解が、多数となっています。

(参照 w:代理w:法定代理人