ここでは、取消訴訟について扱います。取消訴訟は抗告訴訟の中でも典型的なものであり、行政処分の違法を主張する場合、原則的な訴訟形態となります。なおこの講座では、行政事件訴訟法については条数だけで示します。

この講座はTopic:行政法に属しています。

取消訴訟中心主義

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行政事件訴訟法で取消訴訟という特別の訴訟形態が定められ、これだけが行政行為の効果を失わせるものと定められている以上、その対象となる行政行為についてはこの取消訴訟で争うべきものであって、取消訴訟において、原則として唯一、行政処分の効果が否定され得るものと解されます。これが取消訴訟の排他的管轄と呼ばれるものです(これにより基礎付けられるのが行政行為の公定力です。行政行為の講座も参照)。

この取消訴訟は、かつては抗告訴訟・行政訴訟の中心となるものであり、取消訴訟で争えないとなると行政行為について、裁判による救済が受けられないというに等しいと考えられてきました。そこで、判例においても、また学説でも、被害者の救済のため取消訴訟の対象を広げようとし、取消訴訟の対象である行政行為の範囲を拡大する方向での解釈がなされ、いわば、ある行為の被害者の救済が必要であれば、その行為は行政行為であって取消訴訟の対象となる行為であるというような感もありました。

もっとも、平成16年の行政事件訴訟法の改正により、抗告訴訟の中に義務付け訴訟や差止訴訟が明文で定められると共に、当事者訴訟としての確認訴訟も明示され、取消訴訟は未だ原則的な救済方法ではあるものの、かつてほどこの対象を拡張する必要はないとも考えられるようになりました。

そして、取消訴訟の対象となる行政行為であるというと、確かに取消訴訟で争うことができるようになりますが、逆に取消訴訟の排他的管轄によって取消訴訟でしかその取消しを争うことができず、また出訴期間の制限もかかるといった不利益もより意識されるようになり、学説では、当事者訴訟としての確認訴訟を活用していくべきとの見解なども主張されています。

訴訟要件

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処分性

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3条2項は、取消訴訟の対象として、「行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為」とさだめています。そこで、この行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為でない行為を対象として取り消しを提起すると、その訴えは訴訟要件を欠く不適法なものとして却下されることとなります。

そして、現在のところ「その他の公権力の行使に当たる行為」に該当する行為は考えられておらず、「行政庁の処分」に当たるかどうか、すなわち処分性が問題とされることとなります。判例(最判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁)では、「行政庁の法令に基づく行為の全てを意味するものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」としています。このような行政庁の処分の解釈は、講学上用いられる行政行為とおおむね一致しており、行政行為に該当するものであれば3条2項のいう行政庁の処分に当たるものと考えられます。そこで、典型的な行政行為以外に、どのようなものについて処分性が認められるかが問題となります。

そこで問題とされるものとして、まず公権力性があります。行政行為の講座で扱ったように、行政行為とは公権力性があるものであり、公権力性とは、法によって認められた優越的地位に基づいて、国民の法律関係を一方的に変動させるものであると考えられています。また、行政行為は特定の国民の法的地位について直接・具体的な法的効果を発生させるものであり、この具体的法効果の発生に関して、規範定立行為や内部的行為、法的見解の表示行為、中間段階の行為などについて、処分性が争われることがあります。

規範定立行為

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規範定立行為に関する判例として、以下のものがあります。

最判平成18年7月14日民集60巻6号2369頁
本件は、高根町簡易水道事業給水条例によって給水を受けていた者が、この条例の改正によって水道料金が改定されたため、本件改正条例は別荘給水契約者を不当に差別するものであると主張して行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えとしてその無効の確認を求めると共に、料金の差額分に関して債務不存在・支払済み料金の不当利得返還等を求めて訴えたものです。
最高裁は、「本件改正条例は、旧高根町が営む簡易水道事業の水道料金を一般的に改定するものであって、そもそも限られた特定の者に対してのみ適用されるものではなく、本件改正条例の制定行為をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することはできないから、本件改正条例の制定行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである。」と判示しました。もっとも、債務不存在確認などについては、本件改正条例のうち別荘給水契約者の基本料金を改定した部分は地方自治法244条3項に違反する不当な差別的取り扱いをするものであって、無効であるとしてこれを認めています。
横浜市保育所廃止条例事件(最判平成21年11月26日判決)
本件は、横浜市が保育所民営化にあたり、横浜市保育所条例の一部を改正する条例を制定し、これにより本件の四つの保育所が廃止されたところ、本件各保育所で保育を受けていた児童又はその保護者が、この条例の取消しを求めて訴訟を提起したというものです。
最高裁は、児童福祉法の解釈により、「特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は、保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を有するものということができる。」とし、また、「条例の制定は、普通地方公共団体の議会が行う立法作用に属するから、一般的には、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものでないことはいうまでもないが、本件改正条例は、本件各保育所の廃止のみを内容とするものであって、他に行政庁の処分を待つことなく、その施行により各保育所廃止の効果を発生させ、当該保育所に現に入所中の児童及びその保護者という限られた特定の者らに対して、直接、当該保育所において保育を受けることを期待し得る上記の法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから、その制定行為は、行政庁の処分と実質的に同視し得るものということができる。また、市町村の設置する保育所で保育を受けている児童又はその保護者が、当該保育所を廃止する条例の効力を争って、当該市町村を相手に当事者訴訟ないし民事訴訟を提起し、勝訴判決や保全命令を得たとしても、これらは訴訟の当事者である当該児童又はその保護者と当該市町村の間でのみ効力を有するにすぎないから、これらを受けた市町村としては当該保育所を存続させるかどうかについての実際の対応に困難を来すことにもなり、処分の取消判決や執行停止の決定に第三者効(行政事件訴訟法32条)が認められている取消訴訟において当該条例の制定行為の適法性を争い得るとすることには合理性がある。以上によれば、本件改正条例の制定行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である。」として、原審とは異なる判断を示しました。もっとも、この事案としては、原告らについて既に保育の実施期間が満了している以上訴えの利益はないとして、取消について却下すべきものとした原審の判断は結論において是認できるとしています。
二項道路指定事件(最判平成14年1月17日民集56巻1号1頁)
本件は、奈良県知事が幅4m未満1.8m以上の道を建築基準法42条2項のみなし道路(二項道路)とすると県告示して一括指定をしたところ、原告Xが県内御所町の自己所有地に接し、またその一部が敷地の中にある通路部分について、二項道路に該当するかどうかを争ったという事案です。なお、二項道路に該当すると、その道路の中心から両側に2mは道路とみなされ、そこに新たに建築物を立てることなどが制限されます。
最高裁は、「本件告示によって二項道路の指定の効果が生じるものと解する以上、このような指定の効果が及ぶ個々の道は二項道路とされ、その敷地所有者は当該道路につき道路内の建築等が制限され(建築基準法44条)、私道の変更又は廃止が制限される(建築基準法45条)等の具体的な私権の制限を受けることになるのである。そうすると、特定行政庁による二項道路の指定は、それが一括指定の方法でされた場合であっても、個別の土地についてその本来的な効果として具体的な私権制限を発生させるものであり、個人の権利義務に対して直接影響を与えるものということができる。」として、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判示しました。


内部的行為

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最判昭和43年12月24日民集22巻13号3147頁
本件は、墓地、埋葬等に関する法律13条が、「墓地、納骨堂又は火葬場の管理者は、埋葬、埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたときは、正当の理由がなければこれを拒んではならない」と定め、罰則も設けていたところ、この正当の理由について、厚生省公衆衛生局環境衛生部長が各都道府県等衛生主観部局長に対し、「今後はこの回答(依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは正当な理由によるものと認められない旨の内閣法制局第一部長の回答)の趣旨に沿って解釈運用をすることとしたので、遺漏のないよう処理されたい」という旨の通達を発した。これに対して、この通達によって、墓地を経営する原告寺院Xが、異教徒の埋葬の受忍が刑罰をもって強制され、無承諾のまま埋葬を強行されたと主張して通達の取り消しを求めて訴えたものです。
最高裁は、元来通達は、原則として、法規の性質を持つものではなく、下級行政機関及び職員に対する行政組織内部における命令に過ぎないから、一般の国民は直接これに拘束されるものではなく、このことは、通達の内容が、法令の解釈や取り扱いに関するもので、国民の権利義務に重大なかかわりをもつようなものである場合においても別段異なるところはなく、行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではなく、裁判所がこれらの通達に拘束されることもないとし、このような通達一般の性質と、本件通達の内容、墓地、埋葬等に関する法律の規定などを考えると、本件通達は従来とられていた法律の解釈や取り扱いを変更するものではあるが、これにより直接Xの経営権、管理権を侵害したり、Xにおいて直ちにこの通達によって刑罰が科せられるおそれがあるとも言えず、X主張の損害や不利益は、直接本件通達によって被ったものということもできないとして、本件訴えは許されず、却下されるべきものと判示しました。

事実行為

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最判昭和57年7月15日民集36巻6号1169頁
本件は、道路交通法127条1項による反則金の納付の通告について、原告がその取消を求めて出訴したというものです。交通反則通告制度は、警察官が現認する明白・定型的な比較的軽微な違反行為につき、通告を受けた者が任意に反則金を納付したときは、その反則行為について刑事訴追をせず、一定の期間内に反則金の納付がなかったときは本来の刑事手続きが進行するというもので、これにより事案の軽重に応じた合理的・迅速な処理を図るものです。
最高裁は、「道路交通法は、通告を受けた者が、その自由意思により、通告に係る反則金を納付し、これによる事案の終結の途を選んだときは、もはや当該通告の理由となった反則行為の不成立等を主張して通告自体の適否を争い、これに対する抗告訴訟によってその効果の覆滅を図ることはこれを許さず、右のような主張をしようとするのであれば、反則金を納付せず、後に公訴が提起されたときにこれによって開始された刑事手続の中でこれを争い、これについて裁判所の審判を求める途を選ぶべきであるとしているものと解するのが相当である。」とし、もし抗告訴訟を許されるものとすると刑事手続きにおける審判対象として予定されている事項を行政訴訟手続きで審判することとなり、刑事手続と行政訴訟手続との関係について複雑困難な問題を生ずるのであって、このような結果をを同法が予想し、容認しているものとは到底考えられないとして、通告に対する行政事件訴訟法による取消訴訟は不適法であると判示しました。
横浜税関検査事件(最判昭和54年12月25日民集33巻7号753頁)
本件は、横浜税関長が、原告Xの輸入しようとした写真集が輸入禁制品である風俗を害すべき書籍にあたる旨を通知したため、Xがこの取消しなどを求めて訴えたものです。
最高裁は、この通知の法的性質について、その性質が行政庁のいわゆる観念の通知であるとした上で、しかしながら輸入禁制品に該当すると当該貨物につき輸入の許可が得られないこととなり、また関税定率法21条の規定の趣旨から見て、このような通知以外に当が輸入申告に対し何らかの応答的行政処分をすることは、およそ期待され得ないところであり、他方、輸入申告者は輸入の許可を受けないで貨物を輸入することを法律上禁止されている(関税法111条参照)のであるから、輸入申告者は当該貨物を適法に輸入する道を閉ざされるに至ったものといわなければならないとして、「横浜税関長の関税定率法による通知等は、その法律上の性質において横浜税関長の判断の結果の表明、すなわち観念の通知であるとはいうものの、もともと法律の規定に準拠してされたものであり、かつ、これにより上告人に対し申告にかかる本件貨物を適法に輸入することができなくなるという法律上の効果を及ぼすものというべきであるから」これは行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当すると判示しました。

中間段階の行為

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最大判昭和41年2月23日民集20巻2号271頁
本件は、東京都知事が行った、国鉄中央線高円寺駅周辺の土地区画整理事業計画の変更を、計画地域内の不動産所有者・賃借人である原告らが争ったものです。
ここで最高裁は、「事業計画そのものとしては、先に説示したように、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たるに過ぎない一般的・抽象的な単なる計画にとどまるものであって、土地区画整理事業の進展に伴い、やがては利害関係者の権利に直接変動を与える具体的な処分が行われることがあるとか、また、計画の決定ないし公告がなされたままで、相当の期間放置されることがあるとしても、意義事業計画の決定ないし公告の段階で、その取消又は無効確認を求める訴えの提起を許さなければ、利害関係者の権利保護に欠けるところがあるとは言いがたく、そのような訴えは、抗告訴訟を中心とするわが国の行政訴訟制度のもとにおいては、紛争の成熟性ないし具体的事件性を欠くものといわなければならない。」として、具体的処分があった段階で取り消しを訴求することができそれで救済の目的は十分達成できるとし、計画の決定ないし公告の段階での訴えの提起を認めませんでした。
最大判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁
本件は、浜松市の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について、士構築内に土地を所有しているものが、この違法を主張して取り消しを求めたものです。
ここでは最高裁は、土地区画整理事業の事業計画については、一旦その決定がされると、特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続きとして、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになること、この公告がなされることで建築等が制限され、これが法的強制力を伴って、換地処分の公告がある日まで継続的に課され続けることから、「そうすると、施行地区内の宅地所有者などは、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続きに従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものに過ぎないということはできない。もとより、換地処分を受けた宅地所由者などやその前に駆り換地の指定を受けた宅地所有者などは、当該換地処分アドを対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分などを取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかねない。それゆえ、換地処分などの取消訴訟において、宅地所有者が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消し訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきである。」として、本件事業計画の決定は行政庁の処分その他公権力の行使にあたると解するのが相当であるとし、これと異なる上記最判昭和41年2月23日判決や最判平成4年10月6日判決は変更すべきであると判示しました。

当事者適格

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原告適格

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9条1項は、取り消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限って、取消訴訟を提起することができるものと定めています。

ここで、法律上の利益とは、法律上権利として認められているもの(所有権、賃借権、各種の人権など)に限るものではなく、法律上の利益と認められる利益があればよいと考えられていますが、その内容については、法律上保護された利益(法律上保護されている利益)とする見解と、法律上保護に値する利益であるという見解が主張されています。前者の法律上保護された利益と解する見解が通説であり、また判例もこの立場に立っています。

そして、法律上保護された利益であるかどうかの判断においては、被害者らによって主張される被侵害利益が、問題となる処分の根拠法令において、行政庁が処分をする際の処分要件とされているかどうか、すなわちその利益が処分の際の考慮要素となっているかどうか、及びその利益が個々の個別的利益として保護されているかの解釈が基準となります(処分要件説)。また、9条2項では、処分の相手方以外の者の原告適格の判断における解釈基準が法定されています。ここでは、処分の根拠法令の文言のみによることなく判断するものとされ、目的を共通にする関連法令の趣旨・目的をも参酌して処分の根拠法令の趣旨・目的を考慮し、また処分が違法にされた場合の侵害利益の内容や性質、これが害される態様や程度をも勘案して、処分において考慮されるべき利益の内容・性質を考慮することで判断をするものと定められています。

以上のような法律上保護された利益であるかどうかが争われる場合として、第三者に対する授益的処分(例えば営業許可など)によって不利益を受けると主張する者が、自己に被侵害利益があるとしてその処分の取り消しを求める場合があります。最高裁では、処分によって影響を受けるものが特定できない場合には、個別の法的利益を持つ者として保護されるものでないと考えられ、原告適格は否定されています。

主婦連ジュース訴訟(最判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁)
本件は、公正取引委員会が、不当景品類及び不当表示防止法(景表法)10条1項に基づき、果実飲料などの表示に関する公正競争規約を認定する処分を行ったが、ここでは果汁含有率5パーセント未満、あるいは無果汁の飲料について、合成着色飲料、あるいは香料使用などと表示すればよく、これでは果汁を含有していない旨を一般消費者に誤りなく伝えるものでなく不適正な表示であるから、景表法の要件を充たさないとして、主婦連合会らが公正取引委員会に不服申し立てをし、これが却下されるとその審決の取消しを求めて出訴したというものです。
最高裁は法律上の利益について、「ところで、右に言う法律上保護された利益とは、行政法規が私人など権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保証されている利益であって、それは、行政法規方の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。」とし、景表法の目的は公益の実現であり、一般消費者の利益の保護は公益保護の一環としてのものであって、景表法の規定により一般消費者が受ける利益は同法の規定の目的である公益の保護の結果として生ずる反射的な利益ないし事実上の利益であるから、法律上保護された利益とはいえないとして、原告らが法律上の利益を持つものとは認められないと判示しました。
近鉄特急訴訟(最判平成元年4月13日判時1313号121頁)
本件は、近畿日本鉄道(近鉄)に対し地方鉄道法21条に基づき特急料金改定の許可処分がなされたところ、近鉄沿線に居住し通勤定期乗車券を購入して近鉄特急に乗車している通勤客らが、この取消しと損害賠償を求めて訴訟を提起したというものです。
最高裁は、「同条に基づく許可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるもので花。また、同条の趣旨は、専ら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく、他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。」として、原告らには本件処分の取消しを求める原告適格を有しないと判示しました。
もんじゅ訴訟(最判平成4年9月22日民集46巻6号571頁)
本件は、内閣総理大臣が行った原子炉設置許可処分について、このもんじゅより数kmないし58kmの地域に居住する原告らが、本件処分は核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の許可要件を欠く違法なものであるとしてその無効確認を求め出訴したものです。
最高裁は、「処分の取り消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。」とした上で、同法24条1項3号所定の技術的能力の有無及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、右3号、4号の設けられた趣旨、これらが考慮している被害の性質などにかんがみると、これらは単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当であるものとし、原告らはこの直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住するものといえるとして、原告適格を認めました。
小田急訴訟(最大判平成17年12月7日民集59巻10号2645頁)
本件は、建設大臣によって小田急小田原線の一部区間について連続立体交差化と付属街路の設置を内容とする都市計画事業の認可がなされたところ、本件鉄道事業の事業地周辺に居住する原告らが、本件鉄道事業認可、本件各付属街路事業認可が違法であるとして取消訴訟を提起したものです。
最高裁は、都市計画法や、都市計画法13条1項柱書によって都市計画が適合しなければならないと定められている公害防止計画の根拠となる法令である公害対策基本法の趣旨及び目的を検討し、また東京都の条例にも触れた上で、「以上のような都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨及び目的、これらの規定が都市計画事業の認可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質などを考慮すれば、同胞は、これらの既定を通じて、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るなどの公益的見地から都市計画施設の整備に関する事業を規制すると共に、騒音、振動などによって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのあるここの住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものとして、その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。」として、最判平成11年11月25日集民195号387頁を変更すべきと判示しました。

(参照 w:もんじゅ訴訟

被告適格

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取消訴訟の被告となるものは、原則として処分・裁決をした行政庁の所属する行政主体、すなわち国又は公共団体となります(11条1項)。かつては、処分・裁決を行った行政庁が特別に被告となるものとされていましたが、外部からはどの行政庁を被告とすればよいのか判断が困難なこともあり、平成16年の改正の際に変更されました。

所属するとは、その処分庁・裁決庁が機関として所属している行政主体であるという意味であり、事務の帰属する行政主体を被告とするのではありません。

11条4項は訴状に処分庁・裁決庁を機さするものと定めていますが、これは便宜のための訓示規定であって、これが欠けていたり誤っていたからといって原告に不利益が生じるものではありません。

訴えの利益

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取消訴訟の訴訟要件となる訴えの利益(狭義の訴えの利益・訴えの客観的利益)が認められるためには、取消判決で勝訴することによって、上記の原告に認められる法律上の利益が回復可能でなければなりません。

取消訴訟の提起時において訴えの利益が認められても、取消訴訟が提起されただけでは処分が停止されるわけではなく、処分に関する行政過程は進行していくこととなっており(執行不停止原則)、時間の経過や事情の変更によって取消訴訟によって回復可能な利益を失った場合、訴訟要件を欠くこととなって訴えは却下されることとなります。

判例では、教科書検定不合格処分が争われたが学習指導要領が改定された場合(最判昭和57年4月8日民集36巻4号594頁)、農林水産大臣が行った、航空自衛隊基地等の用地とするための保安林指定解除処分が争われたが、保安林の代替施設となる治水ダムが建設されたため、原告適格の基礎とされている右処分による個別的・具体的な個人的利益である、洪水や渇水の危険という侵害状態が解消するに至った場合(長沼ナイキ基地訴訟。最判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁)、建築確認の取消訴訟が提起されたが、建築工事が完了した場合(最判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁)、都市計画法に基づく開発許可が争われたが、開発工事が完了し検査済み証が交付された場合(最判平成5年9月10日民集47巻7号4955頁)などにおいて訴えの利益が否定されています。

処分の効果が失われても、回復すべき法律上の利益が残されている場合には訴えの利益は肯定され(9条1項括弧書)、判例では、免職処分を受けた公務員が公職選挙に立候補した場合について、立候補により公務員たる地位は失うものの、給料請求権などを回復するためなお訴えの利益が認められるとしています(最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721頁)。

これに対して、侵害的処分の付随的効果として名誉権が侵害されたからといって、それは処分の効力が消滅した後の訴えの利益を認める根拠とはならないというのが判例です(最判昭和55年11月25日民集34巻6号781頁)。

出訴期間

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取消訴訟の提起は、処分・裁決のあったことを知った日から6ヶ月、処分・裁決の日から1年以内になされなければなりません(14条)。もっとも、正当な理由があれば延長される可能性はあります。

このような出訴期間が定められているのは、行政処分にはその性質上、多数の者の法律関係を画一的に変動させる社会的必要性があり、またその行政処分を前提としてこれに続く様々な処分・法律関係の形成がなされていく以上、早期確定の必要があるためです。そして原則として行政処分の違法を争うには取消訴訟でなければならない以上、この出訴期間が経過するともはや当該行政処分の違法を争うことができなくなります(不可争力)。

不服申立前置

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行政処分の効力を争う方法としては、取消訴訟などの提起をするだけでなく、行政機関に対して不服申立てをするという方法もあります。そして、この不服申立てと取消訴訟とはどちらを選択してもよいという自由選択主義が原則とされています(8条1項本文)。

もっとも、個別の法において、取消訴訟の提起をするためにはに不服申立てを経由しなければならないという審査請求前置主義を定めることは可能とされており(8条1項但書)、個別法においてこの審査請求前置が定められている場合も少なくありません。

審査請求前置が定められている場合であっても、審査請求があった日から3ヶ月を経過しても裁決がないときや、処分による著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき、その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるときは、裁決を経ないで取消訴訟を提起することができます(8条2項)。

管轄裁判所

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取消訴訟の管轄裁判所は、原則としては被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所、または処分庁・裁決庁の所在地を管轄する裁判所となります(12条1項)。これに加え、原告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所(12条4項。)も管轄裁判所とされ(特定管轄裁判所)、また不動産や特定の場所に係る処分・裁決についてはその場所の裁判所にも提起できます(12条2項)。

審理

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違法性

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違法性の判断においては、憲法・法令等の違背の有無が問題となり、また当不当の問題については、裁量権の逸脱・濫用の有無が検討されることとなります。この違法性判断の基準時については、処分時を基準として判断するという処分時説が判例において原則として採用されており、通説もこれを支持しています。また、一連の過程において複数の行為が連続して行われ、これらの行為が結合して一つの法効果の発生を目指す場合には違法性の承継が認められ、前の処分の違法によって後続の行為の取消しが認められるという、違法性の承継も認められています。

これらについては、行政法総論の行政行為行政裁量の講座も参照してください。

違法主張の制限

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原告は自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取り消しを求めることができません(b:行政事件訴訟法第10条|10条]]1項)。

また、原処分と、その不服申立棄却の裁決・決定があった場合、原則としてそのいずれについても取消し訴訟が提起できますが、この場合には、棄却裁決の取消訴訟では原処分の違法を主張して裁決の取消しを求めることができず、裁決固有の違法のみ主張できます(10条2項)。原処分の違法を取消事由として主張するには、原処分に対する取消訴訟を提起しなければなりません。これを原処分主義といいます。修正裁決がなされた場合については、判例(最判昭和62年4月21日民集41巻3号309頁)は原処分は修正裁決によって消滅するわけではなく、当初から修正後の内容の懲戒処分として存在するものとみなされるとして、原処分の取消訴訟を認めています。

立証責任

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立証責任については、通説といえる見解はなく、国民の自由を制限し義務を課す取消訴訟では行政庁が適法であることの立証責任を負い、国民の側から権利利益を拡張する請求に関しては、原告が処分が違法であることの立証責任を負うという見解や、当事者の公平や事案の性質などから個別に判断すべきという見解など、さまざまな見解が主張されています。

判決

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事情判決

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31条1項は、争われている処分が違法であって取り消すべき場合であっても、取消しによって公の利益に著しい障害がもたらされる場合には請求棄却とするものと定めており、このような判決を事情判決といいます。事情判決の制度は、行政処分を覆すことが公共の福祉に反する場合に、原告の利益よりも公共の福祉を優先する制度といえます。

事情判決を用いる場合には、原告の受ける損害の程度、損害の賠償・防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮しなければなりません(31条1項)。

また事情判決がなされた場合については、被害者救済の見地から、原状回復の権利を公益のため制限したのであるから、損失補償請求権が発生する(損失補償請求権であるので、損害賠償と異なり公務員の故意・過失は問題とならない)との見解も主張されています。

(参照 w:事情判決

判決の効力

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取り消し訴訟の判決が確定すると、民事訴訟と同様、その判決には既判力が生じます(民事訴訟法114条1項)。また、取り消し訴訟において処分が違法として取り消されると、その処分の効力は処分時に遡って消滅し、処分がなかった場合と同じ法的状態が回復される(取消訴訟の原状回復機能)こととなるという、刑成力を有します。

取消判決の効力については、32条1項がその効力が第三者にも及ぶことを定めており、原告以外の者も第三者に該当すれば、もはやその処分が有効に存続することを主張することはできなくなります。もっともここでいう第三者にどのような者が含まれるかについては見解の対立があり、当該紛争について原告と対立関係にあるもの(例えば原告が都道府県に対し、第三者に対する営業許可の取消を求めた場合、その営業許可を受けた第三者)については実質的な当事者であり、これに効力が及ばないのであれば紛争が解決しない以上、当然効力が及ぶものと考えられますが、原告と利益を共通する者について及ぶかどうかについては、及ばないという相対的効力説と、画一的処理の必要から及ぶという絶対的効力説とに分かれています。

また、取消判決によって処分の効力が失われた後、行政庁が同一の処分を繰り返すと取消訴訟を行った意味がなくなるため、取消訴訟の権利救済機能を全うさせるため、取消判決には、行政庁に対し取消判決の趣旨に従った行動をすることを義務付ける効力があるとされています(33条1項。拘束力)。これにより、行政庁は同一事情の下で同一の理由・手続によって、同一内容の処分を繰り返すことはできなくなります(反復禁止効。一般にこれは取消判決の拘束力の内容として取り上げられますが、既判力の効果として扱う見解もあります)。逆に言うと、同一事情の下でも、別個の理由や手続きによって同内容の処分をすることは可能となりますが、これについては、既判力によってこのような処分も原則として禁止されるとの見解も主張されています。

執行停止

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44条は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為について、民事保全法の定める仮処分をすることができないものと定めています。これは、仮処分が行われることによって、行政が阻害されることを防ぐ趣旨のものと考えられます。しかし、訴えの提起から終局判決が確定するまでには時間を要し、仮の権利保護が必要と考えられる場合もあり、25条では執行停止制度が定められています。

原則としては、処分の取消訴訟が提起されてもその処分の効力や執行、手続きの続行は妨げられず(25条1項)、これは執行不停止原則と呼ばれます。しかし処分の取り消しの訴えの提起があった場合において、処分、処分の執行又は手続きの続行の全部又は一部について、これらにより生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある場合には(25条2項)、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときや本案について理由がないとみえるときを除き(25条4項)、執行停止の申し立てによって執行停止を求めることができます。

もっとも、27条では内閣総理大臣が執行停止の申し立て・執行停止の決定に対して異議を述べることができる者と定めており、異議には理由を付されなければならないものの、これがあると裁判所は執行停止の決定はできなくなり、また既に執行停止決定がなされている場合にはこれを取り消さなければならないこととなります。行政処分の執行停止は行政作用の性質を有し、これは司法権を侵すものではないとの説明もなされますが、学説では違憲との見解も主張されています。

(参照 w:執行停止w:取消訴訟