取引等の安全に対する罪
ここでは、文書偽造罪以外の取引等に関する罪として、通貨偽造罪、同行使等罪、有価証券偽造罪、支払用カード電磁的記録不正作出罪、印章偽造罪などについて扱います。
この講座は、刑法 (各論)の学科の一部です。
通貨偽造の罪
編集総説
編集通貨偽造の罪は、交換媒介としての取引手段である通貨の真正に対する公共の信用を侵害する犯罪です。通貨偽造の罪の保護法益については、以下の見解があります。
- 第一次的には公衆の信用であるが、第二次的には国の通貨発行権であるとする見解。判例(最判昭和22年12月17日刑集1巻94頁)の立場です。
- 通貨の真正に対する公衆の信用とする見解。通説的見解です。
刑法は、通貨偽造の罪として、通貨偽造罪(148条1項)、偽造通貨行使等罪(148条2項)、外国通貨偽造罪(149条1項)、偽造外国通貨等行使罪(149条2項)、偽造通貨等収得罪(150条)、各罪の未遂罪(151条)、収得後知情行使等罪(152条)、通貨偽造等準備罪(153条)、を定めています。
通貨偽造罪
編集通貨偽造罪の客体は、通用の貨幣、紙幣または銀行券です。これらを合わせて通貨と称します。なお現在、紙幣は存在しません。また、ここでいう「通用」とは、法律により強制通用力を与えられているという意味です。そこで、強制通用力を失ったものについては、本罪の客体となりません。
行使の目的で、偽造または変造することが通貨偽造罪の行為です。偽造とは通貨の製造・発行権を有しないものが、真貨に類似した外観の物を作成することです。類似の程度は、一般人をして真貨と誤認させる程度のものであれば足ります。真貨に類似していても、一般人の注意力からして誤認することがない程度の外観であれば、それは偽造ではなく模造となります(模造は通貨及証券模造取締法により処罰されます)。変造とは、通貨の製造・発行権を有しないものが、真貨に加工して真貨に類似する物を作成することです。変造の例として、例えば千円札二枚を切断・加工して4つ折または8つ折にしたような外観のもの6個を作成する行為(最判昭和50年6月13日刑集29巻6号375頁)があります。
偽貨に対応する真貨の存在については、これを必要とする見解も主張されますが、不要とするのが通説です(例えば、一般人が真貨と誤認する程度のものであれば、本物が存在しない10万円札でもかまいません)。
通貨偽造罪の成立には行使の目的が必要とされており、本罪は目的犯です。行使の目的とは、偽造・変造の通貨を真貨として流通に置く目的をいいます。未必的目的で足り、また自己が行使する目的だけでなく、他人に流通に置かせる目的を有している場合も含みます。行使の目的をもって通貨を偽造・変造した時点で通貨偽造罪は既遂となります。
偽造通貨行使等罪
編集偽造通貨行使等罪の客体は、偽造・変造された貨幣、紙幣または銀行券です。偽貨は行使の目的で偽造・変造されたものに限られません。
偽貨を行使すること、あるいは行使の目的で、偽貨を人に交付しまたは輸入することで、本罪が成立します。行使とは、偽貨を真正な通貨として流通に置くことを言います。交付とは、偽貨であることの情を告げて相手方に引き渡すこと、および既に情を知っている相手方に引き渡すことです。
情を知らないものに買い物などをさせるため、偽貨を手渡した場合について、行使に当たるとする見解、行使の間接正犯とする見解、交付とする見解があります。手渡す行為自体が、すでに流通を予想して行われるのであるから行使に該当するとして、行使と解するのが多数の見解です。
交付行為の処罰は、実質上行使の教唆・幇助に当たる行為を独立に処罰するものであり、交付の結果被交付者が行使したとしても偽造通貨行使罪の共犯は成立しません。
輸入は、領空・領海内に搬入することという見解もありますが、流通による危険が生じる時期からみて、陸揚げを要すると解するのが判例(大判明治40年9月27日)・多数説です。交付・輸入は、故意のほか行使の目的を必要とする目的犯です。
通貨偽造罪と偽造通貨行使罪は牽連犯となります。また、偽貨の行使によって、詐欺罪が成立するわけではないと解されています。
収得後知情行使等罪
編集収得後知情行使等罪は、偽造通貨行使罪、または偽造外国通貨行使罪の減軽類型であり、責任の減少を根拠とするものと考えられます。本罪の行為は、収得後、それが偽造・変造のものであると知って行使すること、または人に行使させる目的で交付することです。
収得は、偽貨であることの情を知らずに、かつ適法に行われたものであることが必要というのが通説です。もっともこれに対し、文言上適法な収得であることまで要求されていないことから、違法な収得についても、その行使に関し責任の減少は認められる以上本罪が適用されるとする見解も主張されます。
通貨偽造等準備罪
編集通貨偽造等準備罪の意義については、以下の両説が主張されます。
- 通貨偽造罪の予備行為のうち特定の形態を独立の犯罪として罰するものと解する見解。判例(大判大正5年12月21日刑録22輯1925頁)・通説の立場です。
- 通貨偽造・変造罪の予備ないし幇助の一形態を独立の犯罪類型としたものであるという見解。
判例・多数説は、本罪は自己予備のみならず他人予備も含むとしています。本罪は、偽造又は変造の用に供する目的を必要とする目的犯です。
(参照 w:通貨偽造罪)
有価証券偽造の罪
編集有価証券偽造の罪は、行使の目的を持って有価証券を偽造・変造し、またはこれに虚偽の記入をし、あるいは偽造・変増・虚偽記入された有価証券の行使・交付・輸入行為を内容とする犯罪です。刑法では、有価証券偽造等罪(162条1項)、有価証券虚偽記入罪(162条2項)、偽造有価証券行使等罪(163条1項)、同未遂罪(163条2項)を定めています。
これら有価証券偽造の罪は、有価証券に対する公衆の信用を保護法益とするものです。
有価証券偽造等罪
編集有価証券偽造等罪は、日本国内で発行され、または流通する公債証書、官庁の証券、会社の株券その他の有価証券を偽造し、または変造したものを処罰するものです。
公債証書、官庁の証券、会社の株券は有価証券の例示であり、ここでいう有価証券とは、財産上の権利が証券に表示されており、その表示された権利の行使または処分につき証券の占有を必要とするものという、とされています(大判大正5年5月12日刑録22輯732頁)。表示された財産権は債権のほか、物権、その他の権利でもよく、表示の方式についても、商品券などの無記名式、手形・小切手などの指図式、記名債権などの指名式のいずれも含まれます。
契約証書や貯金通帳、下足札などは権利を化体するものではなく、有価証券ではありません。また印紙や郵便切手についても、これは金券であって私法上の権利を化体したものではなく、有価証券ではありません。
これに関しテレホンカードについて、その有価証券性がかつて議論されました。そして、電磁的記録も有価証券となりうるという見解、電磁的記録が文書でない以上、券面上の記載部分のみが有価証券であるとする見解、電磁的記録と券面上の記載との両者が一体となって有価証券であるとする見解が主張されました。判例(最決平成3年4月5日刑集45巻4号171頁)では、テレホンカードの磁気情報部分並びにその券面上の記載及び外観を一体としてみれば、電話の役務の提供を受ける財産上の権利がその証券上に表示されていると認められ、かつ、これをカード式公衆電話機に挿入することにより使用するものであるから、テレホンカードは、有価証券に当たるものとしています。
本罪の行為は、行使の目的を持って有価証券を偽造または変造することであり、偽造とは他人の名義を冒用して有価証券を作成することを言います。また変造とは、真正に成立した他人名義の有価証券に変更を加えることを言います。その形式や外観において一般人が真正な有価証券と誤信する程度のものである必要があります。
代理人や代表者が作成する場合については、作成権限がない有価証券を作成する場合や作成権限を逸脱して作成する場合には有価証券偽造となりますが、その権限内で作成権限を濫用して作成した場合には偽造となるものではないとされています(背任罪などに問われることはあります)。
本罪は目的犯であり、必要とされる行使の目的とは、真性の有価証券として行使する目的を言います。具体的に他人に対し流通させる目的であることまでは要しません。
有価証券虚偽記入罪
編集有価証券虚偽記入罪は、行使の目的で有価証券に虚偽の記入をしたものを有価証券偽造等罪と同様に処罰するものです(162条2項)。
ここで、虚偽の記入について見解の対立があります。判例は、虚偽の記入とは有価証券に真実に反する記載をする行為の一切をいい、記載の形式は自己の名義を用いるものであると他人名義を冒用する場合であるとを問わないものとしています。そして、ただ有価証券の発行や振出のような基本的証券行為に関する虚偽記入は有価証券そのものを作成する場合であり、有価証券偽造罪に当たるとしています。これに対して学説では、虚偽記入とは作成権限を有するものが有価証券にないよう虚偽の記載をすることとして、裏書、引受、保証などの付随的証券行為に限らず基本的証券行為についても虚偽記入罪が成立すると解するのが通説的見解となっています。
偽造有価証券行使等罪
編集偽造、変造、または虚偽記入された有価証券を、行使すること、または行使の目的でこれを人に交付あるいは輸入することによって本罪が成立します(163条1項)。
行使とは偽造などされた有価証券を真正なものとして使用することを言い、通貨偽造の罪の場合のように流通におく必要はありません。また行使は、これを一般人の認識しうる状態におくことによって既遂に達し、現実に他人が認識したことまでは要しません。
支払用カード電磁的記録に関する罪
編集支払用カード電磁的記録に関する罪は、クレジットカード、プリペイドカードなどの電磁的記録を要素とする支払用カードの真正を担保し、これを用いる社会的システムに対する公衆の信用を確保するため平成13年に新設されたものです。
ここで支払用カードとは商品の購入や役務の提供等の対価を現金で支払うことに代えて支払いシステムに用いるカードをいい、クレジットカードやプリペイドカードが含まれます。支払機能を有しないポイントカードやローンカードは含まれません。キャッシュカードについては、預貯金の払戻し機能を有するに過ぎないものは、本来本罪の客体となるものではありませんが、多くのキャッシュカードはデビット機能を有しているため問題となります。そこで、163条の2第1項後段において、預貯金の引出用カードについても同様に扱うものと規定されています。
不正作出等罪
編集支払用カード電磁的記録不正作出等罪(163条の2第1項)は、財産上の事務処理の用に供する電磁的記録のうち、特にクレジットカードなどの支払用カードの構成要素となっている電磁的記録を不正に作出する行為について定めるものです。
不正に作るとは、権限なくして正規のカードとして情報処理が可能な状態を作り出すことをいいます。電磁的記録がカードと一体化し、機械的な事務処理に供することが可能となった時点で既遂となります。本罪の客体は電磁的記録であり、いわゆるホワイトカードのような、明らかに正規のものと異なる外観のものであっても、その電磁的記録により機械的処理が可能な状態のものを作成すれば本罪に該当します。
カードの情報を生カードに印磁したが、事務処理が可能な状態には達していない場合には未遂となります。支払い用カードを作る目的で情報を取得、保管等する場合には本罪の未遂ではなく支払用カード電磁的記録不正作出準備罪に当たります。
供用罪
編集不正電磁的記録カード供用罪(163条の2第2項)は、不正に作出された電磁的記録を構成部分とする支払用カードを、人の財産上の事務処理の用に供する行為を処罰するものであり、用に供するとは、人に対する行使に相応するもので、機械を対象とするものを言います。例えば、クレジットカードをその読み取り機に対して使用した場合です。
主観的要件として、人の財産上の事務処理を誤らせる目的を必要とします。
譲り渡し・貸し渡し・輸入罪
編集本罪(163条の2第3項)は、不正に作出された電磁的記録を構成部分とする支払用カードを、人の財産上の事務処理を誤らせる目的で、譲渡し、貸し渡し、輸入する行為を処罰するものです。
譲り渡しや貸し渡しは相手方が情を知っているか否かを問いません。そのため偽造通貨行使等罪と異なり交付とは定められていません。また、有償・無償も問いません。
所持罪
編集不正な電磁的記録は、電磁的記録としては真正なものと異ならず、情報処理の段階において発見することが困難であり、また反復的な使用が可能であって所持による法益侵害の危険が大きいため、文書偽造の罪や有価証券偽造の罪と異なり所持自体を処罰するものと定められています(163条の3)。
本罪の行為は、人の財産上の事務処理を誤らせる目的で不正に作出された支払用カードを所持することです。
不正作出準備罪
編集支払用カード電磁的記録不正作出準備罪(163条の4)は、他人のクレジットカードなどの支払用カードから電磁的記録をコピーしてカード用法を盗む行為など、不正作出に至る予備的行為のうち、その遂行にとって不可欠であって処罰の必要性が高い行為として、カード情報の取得ないし提供する者、カード情報を保管する者、器械または原料を準備する者を処罰するものです。
本罪も目的犯であり、不正作出等罪の犯罪行為の用に供する目的が必要です。また、本罪の客体は電磁的記録の情報であり、会員番号や氏名等の断片的情報をいうものではありません。
本罪の行為は、電磁的記録情報の取得、提供、保管及び準備であり、取得は支払用カードを攻勢する電磁的記録の情報を不正に取得することを言います。提供は、不正作出罪のように供されることを知って電磁的記録情報を提供することを要します。
(参照 w:有価証券偽造罪)
印章偽造の罪
編集印章偽造の罪は、行使の目的を持って印章・署名を偽造し、または印章・署名を不正に使用し、もしくは偽造した印章・署名を使用することを内容とする犯罪です。その保護法駅は印章・署名の真正に対する公衆の信用であり、また本罪は抽象的危険犯です。
刑法では、御璽偽造罪(164条1項)、御璽不正使用等罪(164条2項)、公印偽造罪(165条1項)、公印不正使用等罪(165条2項)、公記号偽造罪(166条1項)、公記号不正使用等罪(166条2項)、私印偽造罪(167条1項)、私印不正使用等罪(167条2項)、各不正使用罪の未遂罪(168条)を定めています。
印章は、人の同一性を証明するために使用される象形を言い、一般的には氏名が用いられますが、必ずしも氏名に限られず、拇印や花押なども含まれます。また、三文判などの有合せの印を用いたものも含まれます。印章の内容として、印顆、つまり印影を作成する手段としての文字その他の符号を刻した物体(印形・判子など)と、それを物体(文書など)上に顕出させた符号の影蹟である印影との両方を言うものと解する判例と、印影のみを言うと解する通説とが分かれています。判例のように解すると、行使の目的で他人のものに類似した印顆を作成した場合、直ちに印章偽造の罪が成立します。
また署名については、その主体が自ら書く、自署である必要はなく、代筆や印刷等による記名もこれに含まれるというのが判例・通説となっています。もっともこれには、記名は捺印を伴って初めて取引上自署と同視されており、その信用の違いから署名とは自署のものに限るべきとする批判も有力になされています。
行使の目的とは、行為者自身が行使する目的に限らず、他人に行使させる目的でもよいとされています。
印章や署名の偽造は文書偽造の一部として行われることが多く、また文書偽造罪が既遂となれば印章等偽造の罪は吸収されて独立の犯罪を構成することはありません。したがって、印章偽造の罪は未遂罪を処罰しない文書偽造罪や有価証券偽造罪の未遂犯を処罰するという機能をも持つものとなっています。
(参照 w:印章偽造の罪)