Topic:古文/竹取物語/2.燕の子安貝

燕(つばくらめ)の子安貝(こやすがひ)。かぐや姫に求婚し難題を与えられた、中納言石上(いそのかみ)のまろたりのドタバタ。

本文(原文)

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 中納言いそのかみのまろたりの、家に使はるるをのこどものもとに、「燕(つばくらめ)の巣くひたらば、告げよ」とのたまふを、うけたまはりて、「何の用にかあらむ」と申す。答へてのたまふやう、「燕の持たる子安の貝を取らむ料(れう)なり」とのたまふ。をのこども答へて申す、「燕をあまた殺して見るだにも、腹になにもなきものなり。ただし、子を産む時なむ、いかでかいだすらむ。」と申す。「人だに見ればうせぬ」と申す。  また、人の申すやうは「大炊寮(おおひつかさ)の飯(いひ)かしく屋の棟(むね)に、燕は巣をくひはべる。それに、まめならむをのこどもをゐてまかりて、あぐらを結ひ上げて、うかがはせむに、そこらの燕、子産まざらむやは。さてこそ取らしめたまはめ」と申す。

 中納言喜びたまひて、「をかしきことにもあるかな。もつともえ知らざりつる。興あること申したり」とのたまひて、まめなるをのこども二十人ばかりつかはして、あななひに上げすゑられたり。殿より使ひ暇なく賜はせて、「子安の貝取りたるか」と問はせたまふ。  燕も、人のあまた上りゐたるにおぢて、巣にも上り来ず。かかる由(よし)の返り事を申したれば、聞きたまひて、いかがすべきとおぼし煩(わづら)ふに、かの寮(つかさ)の官人、くらつまろと申す翁もうすやう、「子安貝取らむとおぼしめさば、たばかり申さむ」とて、御前に参りたれば、中納言、額(ひたひ)を合はせて向かひたまへり。

 くらつまろが申すやう、「この燕の子安貝は、あしくたばかりて取らせたまふなり。さては、え取らせたまはじ。あななひにおどろおどろしく二十人の人の上りてはべれば、あれて寄りまうで来ず。せさせたまふべきやうは、このあななひをこぼちて、人みな退(しりぞ)きて、まめならむ人ひとりを粗籠(あらこ)に乗せすゑて、綱を構へて、鳥の、子産まむ間に綱をつり上げさせて、ふと子安貝を取らせたまはむなむ、よかるべき」と申す。中納言のたまふやう、「いとよきことなり」とて、あななひをこぼち、人みな帰りまうで来ぬ。中納言、くらつまろにのたまはく、「燕は、いかなる時にか子産むと知りて、人をば上ぐべき。」とのたまふ。くらつまろ申すやう、「燕子産まむとする時は、尾をささげて七度めぐりてなむ、産み落とすめる。さて、七度めぐらむをり、引き上げて、そのをり、子安貝は取らせたまへ」と申す。中納言喜びたまひて、よろづの人にも知らせたまはで、みそかに寮(つかさ)にいまして、をのこどもの中に交じりて、夜を昼になして取らしめたまふ。くらつまろかく申すを、いといたく喜びてのたまふ。「ここに使はるる人にもなきに、願ひをかなふることのうれしさ」とのたまひて、御衣(おんぞ)脱ぎてかづけたまひつ。「さらに、夜さりこの寮にまうで来」とのたまひて、つかはしつ。

 日暮れぬれば、かの寮(つかさ)におはして見たまふに、まことに燕巣作れり。くらつまろ申すやうに、尾浮けてめぐるに、粗籠に人を上(のぼ)せてつり上げさせて、燕の巣に手をさし入れさせて探るに、「物もなし」と申すに、中納言、「あしく探ればなきなり」と腹だちて、「われ上りて探らむ」とのたまうて、籠に乗りてつられ上りて、うかかひたまへるに、燕、尾をささげていたくめぐるに合はせて、手に平(ひら)めるものさはる時に、「われ物握りたり。今はおろしてよ。翁し得たり」とのたまふ。集まりてとくおろさむとて、綱を引き過ぐして、綱絶ゆるすなはちに、八島(やしま)の鼎(かなへ)の上に、のけざまに落ちたまへり。

 人々あさましがりて、寄りてかかへてたてまつれり。御目は白目(しらめ)にて伏したまへり。人々水をすくひ入れたてまつる。からうじて息いでたまへるに、また、鼎(かなへ)の上より、手取り足取りして、下げおろしたてまつる。からうじて、「御ここちはいかがおぼさるる」と問へば、息の下にて、「ものは少しおぼゆれども、腰なむ動かれぬ。されど、子安貝をふと握り持たれば、うれしくおぼゆるなり。まづ紙燭(しそく)さして来(こ)。この貝、顔見む」と、御髪(みぐし)もたげて、御手を広げたまへるに、燕のまり置ける古くそを握りたまへるなりけり。それを見たまひて、「あな、かひなのわざや」とのたまひけるよりぞ、思ふにたがふことをば、かひなしとは、言ひける。

意味(現代語訳)

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 中納言石上のまろたりが、家に使われている男どもの前にやってきて、「燕が巣を作ったら、教えてくれ」とおっしゃったので、男が、「何の用事ですか?」と、申し上げた。中納言が答えておっしゃるには、「燕が持っている、子安の貝をとる」、と。男達が答えるには、「燕を沢山殺してみたところで、腹には何もないですね。でも、子を産む時は……、それでどうやってその貝を取り出します? 人が見たらその貝は消え失せるんじゃあないかな?」。  また、ある人の申すには、「大炊寮(おほひつかさ。食料を供給する役所。社員食堂?)のご飯を炊く所の屋根の棟に燕が巣をつくっていますね。そこにまめな男どもを私が連れて行って、足場を組み上げてその様子を見ていたら、燕はたくさんいるし、一羽も子供を産まないなんてことはないでしょう。そこで私たちに子安貝を取らせればいいでしょう。」と、のこと。

 中納言はお喜びになって、「面白いね、そんな考えはなかった。いい事言うよね。」と、おっしゃって、忠実な男たちを二十人ばかり使わして、足場に上げて、待機させなさった。邸宅から人をしょっちゅうお遣わしになって、「子安の貝、取りましたか? 」とお聞きになる。  燕も、人が沢山上がっているのに怖じて、巣にも入ってこない。こう中納言に報告申すと、それをお聞きになって、どうしようかと思って悩んでいると、その大炊寮の役人で、くらつまろ(蔵津麻呂?)という爺さんが云うには、「子安貝を取ろうとお思いになるのなら、策を授け申しましょう。」と、御前に現れたので、中納言、額を合わせて爺さんに向かい、話をお聞きになった。

 くらつまろが申すには、「この燕の子安貝、悪い方法でお取りになっているようですね。それでは、無理。足場におどろおどろしく20人も上がっていますからね、燕も恐れて寄り付きませんよ。ここでなさるべきことは、足場を取り壊してよけて、人はみんな下がって、気が利いて動く人一人を粗籠に乗せておいて、その籠を吊り下げる綱を用意して、燕が子を産もうとする時に綱をつり上げさせて、さっと子安貝をお取らせになるのが良いでしょう」、と。中納言がおっしゃるには、「それはいい、そうしよう」と、足場を壊し、男たちは皆屋敷に帰ってきた。中納言がくらつまろにおっしゃるには、「燕はどういう時に子を産むと判断して、人を吊り上げたらいいだろうか?」、と。くらつまろは「子を産もうとするときは、尾を上に上げて七回まわって、それから産み落とすようです。そこで燕が七回まわる時に、綱を引き上げて、その時に子安貝をとらせれば…」と、申す。中納言お喜びになって、誰にも御知らせにならずに、ひそかに寮にいらして、男たちに交じって、夜を昼になしてお取らせになった。一方くらつまろがこのように申したのを、とても喜んでこうおっしゃった。「ここで私に使われている人でもないのに、願いをかなえてくれるなんて嬉しいな」と、お召し物を脱いでお与えになる。「さらに、夜分にこの寮に来てくれ」とおっしゃって、翁をお帰しになった。

 日が暮れたので、あの寮(つかさ)にいらして見ると、燕が実際に巣を作っている。くらつまろが言ったとおりに燕が尾を浮かせてまわるので、粗籠に人を乗せて吊り上げさせて、巣に手を差し入れさせて探ると、「何もないな」と申すので、中納言、「悪く探るからないのだ」と腹だちて、「俺が上がって探す」とおっしゃって、籠に乗って吊られ上がって、様子をうかがっていると、燕が尾を上げていたく巡るのでそれに合わせて、手を上げて巣の中を探りなさると、手に平めるものが触ったので「俺は物を握った。すぐおろしてくれ。爺さん、やったぞ」と、おっしゃる。男たちが集まって早く下ろそうと、綱を引っ張りすぎて、綱が切れるとすぐに、八個の三本足の窯の上に(八島の鼎(かなえ)と書いてある、八島とは日本国の事だというんだけど…)、仰向けに落ちなさった。

 人々、驚きうんざりして、寄って中納言を抱え申した。中納言、御目は白目にて、のびている。人々は、水をすくって飲ませて差し上げた。辛うじて息をお出しになったので、さらに鼎の上より、手取り足取りして、地面にお降ろしする。辛うじて、「具合はどうでしょうか」と問うと、絶え絶えの息の下で、「物は少し覚えるけど、腰が動かん。だけど、子安貝をふと握ってるからね、うれしいね。まず紙燭(紙と木と脂でできた蝋燭)をつけてきてくれ。この貝の顔を見よう」と、頭をもたげて、御手をお広げになると、燕がまり置いた古糞を握りなさっていた。それをご覧になって、「ああ、かいの無いわざだ」と宣った、だからそれ以来、思うに違うことを、甲斐無し、と、言うようになったんだって。