ここでは、行政訴訟に含まれる各類型の訴訟についてその概要を扱い、行政訴訟を概観します。

この講座は、行政法の学科に属しています。

行政訴訟

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行政訴訟は、行政庁の公権力の行使に関する訴訟であり、裁判によって違法な行政作用を是正して国民の権利・利益の救済を図り、あるいは行政の適法性を確保するためのものです。行政訴訟については、行政事件訴訟法がその一般法として定められており、また行政事件訴訟法7条は、行政事件訴訟法に定めのない事項については民事訴訟の例によると定め、民事訴訟の規定を包括的に準用しています。

行政訴訟制度は、国際的に見ると英米型の司法国家型制度と大陸型の行政国家型に大別できます。英米型の行政訴訟制度は、行政事件についても通常の司法裁判所が管轄し、特別な行政裁判制度を持たないものです。これに対して大陸型の行政訴訟制度は、行政事件については行政権が判断するものとされ、通常の司法裁判所と異なる行政裁判所がその管轄をするものです。

日本では、明治憲法下では民事事件・刑事事件を扱う司法裁判と行政事件を扱う行政裁判とが分離されており、行政裁判所は行政権に属し、司法裁判所は民事事件・刑事事件のみについて裁判権を持つという大陸型の行政裁判制度が採用されていました。またこの明治憲法を受けて定められた行政裁判法では、出訴できる事項が法定されたものに限られており、行政裁判所は全国に一箇所、一審かつ終審とされていたこともあって、国民の権利救済という点においては極めて厳しいものとなっていました。

日本国憲法の制定と共に、行政裁判制度が廃止され、英米型の制度が採用されて、行政事件も司法裁判所による裁判が行われることとなりました。もっとも、この下で定められた行政事件訴訟法(昭和37年成立)も、現代の状況には対応しておらず、国民の実効的な権利救済が十分果たされていないものと認識され、平成16年に大きな改正がなされました。

(参照 w:行政裁判所

司法権の範囲・限界

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日本国憲法の下では行政訴訟も裁判所による司法権の行使として行われるものであり、行政訴訟としてどのような事件を扱いうるかという点について、行政権と司法権の関係という権力分立の理解に関わり、行政事件訴訟の限界は憲法上の司法権の範囲・限界の問題と重なります。

そして、司法権の対象領域は、一般に法律上の争訟(裁判所法3条1項)であると理解されており、司法審査の対象となるためには法律の特別の定めがない限り、当事者間の具体的な権利・法律関係に関する紛争であって、法の適用により終局的な解決ができるものである必要があります。

そこで、立法の効力を直接争う訴訟、例えば市の定めた条例が法律や憲法に違反することの確認を求める訴えは、法律上の争訟に該当せず不適法なものとして却下されることとなります。

このような司法権の範囲・限界について詳しくは、憲法の統治機構を参照してください。

行政訴訟の類型

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行政事件訴訟法では、その2条において、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の4つの訴訟類型が定められています。

このうち、抗告訴訟と当事者訴訟は個人の権利利益の保護を目的とする主観訴訟であり、民衆訴訟と機関訴訟は、個人の具体的権利利益と離れて、行政作用の適法性を担保することを目的とする客観訴訟です。

(参照 w:客観訴訟

抗告訴訟

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抗告訴訟は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟(行政事件訴訟法3条1項)であり、行政訴訟の中心的な訴訟類型といえます。

行政庁
行政庁とは、一般には、行政主体のために意思決定をしそれを表示する権限を持つ行政機関をいうと考えられていますが、ここでいう行政庁には法律によって公権力を行使する権限を与えられている機関であれば、民法上の法人などであっても行政庁に含まれるものと解されています。
公権力の行使
公権力の行使に該当する場合とは、国民に対して行政庁が優越的な地位にある場合であるといわれます。行使には不行使も含まれます。

どのような場合に公権力の行使であるといえるかについて明確な基準を定めることは困難ですが、例えば大阪空港騒音訴訟(最大判昭和56年12月16日民集35巻10号1369頁)では、最高裁は、国営空港の離着陸のための供用は運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であり、その差止めを求める請求は、民事訴訟の手続きによることはできないと判示しました。

抗告訴訟には、取消訴訟、無効等確認訴訟、不作為の違法確認の訴え、義務付けの訴え、差止の訴えがあり、また法定されていない抗告訴訟である、無名抗告訴訟も認められるものと解されています。この中で、取消訴訟は違法な行政処分に対する原則的な救済方法であり、抗告訴訟の中心となります。

(参照 w:取消訴訟

当事者訴訟

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当事者訴訟は、当事者間で公法上の法律関係を争う訴えです。この当事者訴訟には、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの(行政事件訴訟法4条前段)という形式的当事者訴訟と、公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟(行政事件訴訟法4条後段)という実質的当事者訴訟があります。

形式的当事者訴訟の例としては、土地収用に関する収用委員会の裁決について、損失補償額に争いがある場合には、実質としては収用委員会の裁決を争うものであって行政主体を被告とした抗告訴訟となるべきところ、土地所有者と企業者の間で当事者訴訟を提起して行うものと定める土地収用法133条3項や、特許庁長官による特許無効審判等につき訴えを提起する場合に、その特許権につき争いのある当事者間で当事者訴訟を提起するものと定める特許法179条があります。

実質的当事者訴訟は、私法と公法の区別を前提としたものであり、公法上の法律関係を争うという点で民事訴訟と区別されるものです。その例としては、公務員の俸給の請求や公務員の地位確認、国籍の確認の訴えなどが挙げられます。特別な訴訟類型は定められておらず、民事訴訟の給付訴訟や確認訴訟によるものと考えられます。

民衆訴訟

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民衆訴訟は、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益に関わらない資格で提起するもの(行政事件訴訟法5条)です。この民衆訴訟は客観訴訟であり、法律上の争訟についての訴訟ではないため、誰でも訴えを提起できるものではなく法律で定めれている場合にのみ訴えを提起できます(行政事件訴訟法42条)。

例としては、選挙に関する訴訟(公職選挙法203条、204条、207条、208条)、住民訴訟(地方自治法242条の2)が挙げられます。

(参照 w:住民訴訟

機関訴訟

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機関訴訟とは、国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟(行政事件訴訟法6条)です。これも法律上の総称ではなく客観訴訟であって、法律に特別に定められた場合にのみ提起できます(行政事件訴訟法42条)。

国家賠償訴訟

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国家賠償訴訟は、一般に行政訴訟とは考えられておらず、民事訴訟です。しかし、その役割としては行政庁による国民の権利・利益の侵害を救済するという面があり、また民事訴訟として訴訟が提起できるため使いやすいということもあって、事実上行政訴訟の代替的機能を果たしてきました。

そこで、行政救済法においても国家賠償訴訟が扱われますが、これについては民法 (債権各論)の不法行為の講座も参照してください。

国家賠償訴訟においては、ある行政処分が違法であると判断されたからといって当該行政処分は無効となるものではなく、あらかじめ取消訴訟等によってその行政処分を取消すなどしておく必要はありません。

(参照 w:行政訴訟w:行政事件訴訟法w:国家賠償法