留置権
ここでは、法定担保物権の一つである、留置権について扱います。また、担保物権一般についてもここで扱います。
担保物権
編集担保物権とは、債権を担保するために認められる物権のことです。債権の担保とは、債権の効力を強めその履行を確保する手段を言います。担保物権以外の担保の手段としては、保証などの人的担保がありますが、これについては債権総論の講座で扱います。
担保物権は民法上、留置権、先取特権、質権、抵当権の4種類が定められており、いずれも、いわゆる制限物権であって、所有権をその価値の面で制限する物権です。そのほか、特別法上の担保物権や、権利移転の方式をとる譲渡担保についても、広義の担保物権に含まれます。
担保物権に(ある程度)共通して認められる性質・効力として、以下のものがあります。すべての種類の担保物権について、以下のすべてが認められるわけではありません。
- 付従性
- 被担保債権がなければ担保物権もないというものあり、被担保債権が存在しない場合には担保物権は成立せず、被担保債権が消滅すれば、担保物権もまた消滅するというものです。
- 随伴性
- 債権が他者に移ると、それに伴って担保物権もその者に移転するというものです。
- 不可分性
- 債権全部の弁済を受けるまで、担保物権の対象全部について権利を行使できるというものです。例えば債権が半分弁済されたからといって、自動的に担保としていた土地の半分について担保物権が消滅するなどということはありません。
- 物上代位性
- 担保物権の目的物の売却・損傷・滅失または賃貸などによって債務者の受けるべき金銭その他のものについて、担保物権者が権利を行使することができるというものです。
- 優先弁済的効力
- 他の一般債権者に先立って、担保物権の目的物を換価して債務の弁済を受けることができるというものです。
(参照 w:担保物権)
留置権
編集留置権とは
編集留置権とは、他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権を有するときに、その債権の弁済を受けるまでその物を留置しうる権利です。例えば、留置権によって、時計を修理した者は時計の修理代金を支払うまでその時計を渡さないと主張できます。
このような留置権は、公平の観点から認められた法定担保物権です。もっとも留置権は物権ではあるものの、占有を伴う限りにおいて認められ、留置権者が占有を失えば留置権は消滅する(302条)点で特徴があります。なお民法上の留置権と商法上の留置権はその沿革を異にするものであり、商法では商人間の信頼関係を尊重して広く留置権の成立を認めています。
留置権には付従性、随伴性、不可分性が認められますが、留置権はその物の占有継続が存続要件であり、その物が滅失したり処分されたような場合には留置権がそもそも消滅することとなるため、物上代位性はありません。
また、民法上の同様の制度として同時履行の抗弁権がありますが、通説によれば、留置権と同時履行の抗弁権が両方成立する場合には、いずれも自由に行使することができます。
留置権の成立
編集留置権の成立には、以下の要件を充たす必要があります。
- 他人の物
- 判例・通説によればここでいう他人とは、占有者以外の者を言い、債務者の所有物である必要はありません。もっとも、これには反対する見解も主張されています。また物は、動産・不動産を問わず、不動産の場合にはその登記を要しません。
- 占有
- 留置権の成立には、その物の占有が必要です。これは成立要件にとどまらず、存続要件ともなっています。代理人による占有でもよいとされています。
- 物と債権との牽連性
- その具体的な基準については、多様な見解が主張されていますが、一般的に占有する物と債権との間には何らかの関連性がなければなりません。295条1項は留置権について「その物に関して生じた債権を有するときは」と定めており、これには、債権がその物自体から生じた場合(例えば借りた車を修理した費用の償還請求権と、その車)と、債権が物の返還請求権と同一の法律関係・生活関係により生じた場合(例えば車の売買契約を取り消した場合の代金返還請求権と、その車)とがあります。もっとも、その内容が一定のものでないことから、牽連性という基準は、基準として機能していないなどともいわれます。
- 債権が弁済期にあること
- 留置権行使の前提として、債権が行使しうる状態にあることが必要です(295条1項但書)。
不法な占有
編集留置権について、以上のような成立要件が充たされる場合であっても、295条2項により、その占有が不法行為によって始まった場合には、留置権は成立しません。そこで、例えば盗んだものについて必要費などの費用を支出したとしても、それによる留置権の主張は認められません。
また、判例では、占有開始後に占有が不法となり、かつ占有者がそのことにつき悪意の場合には、295条2項を類推適用して留置権の成立を認めません(最判昭和41年3月3日民集20巻3号386頁など)。このように、占有が不法行為によって始まったのではない場合でも、占有すべき権利がないことを知りながら他人の物を占有する者の占有はやはり不法であって、295条2項の趣旨から、留置権は否定されます。
さらにこれと同様に、判例は、適法であった占有が後に過失ある善意不法占有となった場合についても、295条2項の不法行為は故意だけでなく過失も含むものであるから、過失によって無権限となったことを知らなかった場合にも同条の類推適用がなされ、留置権の成立は否定されるといいます。
個別の事例
編集留置権の成立が問題となる個別の場合として、以下のものがあります。
- 造作買取請求権に基づく建物の留置
- 判例は、造作買取請求権は造作に関して生じた債権であって建物に関して生じた債権ではないとして、留置権の成立を否定します(大半昭和6年1月17日民集10巻6頁など)。これに対して学説では、借家人の保護のため、建物留置を肯定する見解が多数となっています。
- 不動産の二重売買がなされた場合の不動産の留置
- 不動産が二重売買され、第一の不動産売買契約の履行が不能となった場合で、第一譲受人に不動産の占有がある場合に、損害賠償請求権を担保するため当該不動産に留置権が成立するかどうか問題となります。判例・多数説は、この場合について留置権の成立を否定します。その理由としては、留置権についての考え方の違いも反映して、不動産の引渡請求権と損害賠償請求権とが同一の法律関係として存在しているものでないことを挙げる見解や、間接的に弁済を促す関係がないことを挙げる見解などがあります。
- 譲渡担保権者が目的不動産を処分した場合や、他人物売買の場合についても同様のことがいえます。
- 敷金返還請求権に基づく賃借不動産の留置
- 判例(最判昭和49年9月2日民集28巻6号1152頁)・多数説は、敷金返還請求権は、延滞賃料および明渡時までの損害金を控除した上で、明渡時に発生するものであり、明渡が先履行であるから留置権は認められないとしています。
留置権の効力
編集留置権には、留置的効力が認められます。これは、債務の弁済を受けるまでその物を留置することができるという効力であり、これによって債務の弁済を間接的に強制する効果があると考えられます。そして、留置権は物権であり、この効力を誰に対しても主張することができます(この点が同時履行の抗弁権と大きく異なります)。
これに対し、留置権に優先弁済的効力は認められていません。留置権者は目的物を競売にかけることができます(民事執行法195条)が、これはあくまで形式的競売、すなわち目的物を留置し続けることによる費用などの不利益を回避するためのものであり、優先弁済を目的とするものではありません。
物の引渡しを求めて訴えを提起した場合に、相手方が留置権を主張して認められれば、引換給付判決が下されることとなります。例えば、被告は原告の代金100万円の支払いと引き換えに甲を引き渡せ、といったものです。
留置権者の権利義務
編集留置権者は、被担保債権の全額の支払いを受けるまで、目的物を留置できます(296条、不可分性)。また、留置物から生じた果実を収取し、これを自己の債権の弁済に充当することができます(297条1項)。
一方で、留置者は目的物の保管について善管注意義務を負い(298条1項)、また債務者の承諾を得なければ留置物の使用や賃貸、担保としての提供をすることはできません(298条2項本文)。ただし留置物の保存に必要な行為については、債務者の承諾は不要です(298条2項但書)。
そこで、判例(大判昭和10年5月13日民集14巻876頁など)・多数説は、留置物が建物の場合に、留置権によって、留置物の保存に必要な行為として、その家屋などに住み続けることはできるとしています。これを空き家などとして管理する場合には費用がかかり、従来どおりの継続使用が建物の保存に適するとして、保存行為としての使用としてこれを承諾なしにできるものと考えるのです。
一方で、留置権者が留置地上の建物を賃貸するのは、保存に必要な行為の程度を超えるとされており、また船舶について、これを遠方に航行させて運送業務のため使用することは、たとえ従来と同一の使用状態の継続であるとしても留置物の保存に必要な行為とはいえないとした判例(最判昭和30年3月4日民集9巻3号229頁)があります。
なお保存行為として使用した場合の利益については、不当利得として償還すべきものとなります。
費用償還請求権
編集留置権者が、その留置物につき必要費・有益費を支出した場合、その償還を求めることができます。
必要費について、一般の善意占有者の場合(196条1項但書)と異なり、留置権者は常に必要費の償還を請求できます。この償還請求権を被担保債権として、その物に留置権が認められます。
有益費については、これによる価格の増加が現存する場合に限り、所有者の選択によりその支出した金額または価値の増加額の償還を請求することができます。ただし、有益費については、裁判所は請求により、その償還に相当の期限を許与できます。この場合には履行期が到来していないこととなるため、これを被担保債権とする留置権の成立は認められません。
留置権の消滅
編集留置権は、物権一般の消滅原因である、混同や目的物の滅失など、担保物権の一般的な消滅原因である、被担保債務の弁済による消滅などによって消滅するほか、目的物の占有の喪失(302条)や、留置権の消滅請求(298条3項)、代担保の供与(301条)によって消滅します。
298条3項は、留置権者がその義務に反した場合に、債務者が留置権の消滅を請求することができると定めており、これが留置権の消滅請求です。この請求権は、債務者だけでなく所有者にも認められており、またこれは形成権であって、消滅請求がなされれば留置権者の承諾などを必要とせず、留置権は消滅します。
また、301条は、債務者は、相当の担保を供して、留置権の消滅を請求することができると定めており、このように被担保債権の代わりの担保となりうるものを供与して、留置権の消滅請求をすることもできます。これには留置権者の承諾が必要であり、留置権者が承諾しない場合には、承諾に代わる判決を求めることとなります。代わりとなる相当の担保には、物的担保に限られず人的担保も含まれます。
占有の継続に関して、占有が奪われた場合には、占有回収の訴え(200条)によって占有を回復すれば、占有は継続していたものと扱われるので(203条但書)、留置権も消滅しません。いったん占有を喪失した後、改めて占有を取得した場合には、同一債権について新たに留置権を取得するものと考えられます。
(参照 w:留置権)