ここでは、特許法の概要について扱います。以下では、特許法の条文は条数のみで示します。

この講座は、日本法の学科の、知的財産法の講座に属しています。

知的財産とは

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知的財産権は知的所有権とも呼ばれ、無体物である知的財産権に排他的な支配権を与えるため有体物についての所有権の概念を借用して考えられてきたものです。しかし無体物である知的財産権には、有体物のように権利の対象となる範囲は明確でなく、排他的占有をすることも困難であるなどの性質の違いもあります。また、知的財産権はその内容が常に独占的排他権として認められるものでもありません。

知的財産基本法2条では、「この法律で知的財産とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、称号その他……(略)……」と定められており、発明や著作物などのほか、植物の新品種や商標等も知的財産と考えられます。なお、植物の新品種に関する権利は、育成者権と呼ばれることがあります。

そして、知的財産権を保護する法律としては、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法、種苗法、半導体集積回路の回路配置に関する法律、不正競争防止法などがあります。知的財産法は、一般的に言って、知的財産権・知的情報によって産出される利益を保護すること、産業の発達を促進すること、競業秩序を維持すること、文化の発展を促進することといった目的を持っています。

この講座では、それらのうち特許法について扱います。

特許法とは

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特許法はその1条において、特許法の目的を、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と定めています。また、映画フィルム分割出願事件では、特許法の目的について、公開の代償として、第三者との間の利害の適切な調和を図りつつ発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利を付与して、これを保護しようとするにあると判示されています。

なお、保護を受ける者は日本人に限られるものではなく、外国人の権利享有能力については25条が定めています。

(参照 w:特許w:特許法

特許の要件

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特許として認められるためには、以下の要件を充たしている必要があります。

  1. 発明の成立性…特許法上の発明に該当すること
  2. 産業上の利用可能性
  3. 新規性
  4. 進歩性

特許法2条1項の定義によると、高度のものであることも文言上定められていますが、その内容は特になく独立した要件として何かが求められるものではないと考えられています。また、特許権の取得においては、以下も問題となります。

  • 公序良俗に反しないこと
  • 先願主義
  • 記載要件(開示要件)
  • その他の要件(補正の適法性、単一性要件など)

特許を受けようとする者は、特許庁長官に所定の事項を記載した願書を提出しなければならず(36条1項)、そこで審査官により審査がなされます(47条)。審査官は、特許法49条に規定の拒絶理由を発見したときには拒絶査定を、拒絶理由を発見しないときには特許査定をします(51条)。拒絶査定に不服がある時には拒絶査定不服審判を請求することができ(121条)、不利な審決を受けたときは、知財高裁(178条)への出訴、次いで最高裁への上訴が可能です(民事訴訟法312条・318条)。

発明

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発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のことです。自然法則それ自体や技能、自然法則に反するもの、単なる美的創作物は発明ではありません。発明は創作、すなわち発明以前には存在しなかったものであり、その転で従来から存在するものを見つけるという発見と区別されるものです。もっともその区別は、必ずしも明確なものではありません。また、発明は自然法則を利用するものであることが必要であるため、純粋なビジネス方法なども発明ではありません。コンピュータプログラムに関する発明は、平成14年の特許法改正でコンピュータプログラム自体の発明が物の発明として保護されることになりました(2条3項1号)。またコンピュータを利用するビジネス方法発明も発明として保護の対象となり得ます。もっとも全てのコンピュータプログラムが発明と言えるわけではありません。

物の未知の性質を発見し、その性質を特定の目的達成のために利用する発明を用途発明といいます。誰もが認識できる性質をその性質のまま利用しても創作として認められませんが、化学物質などにおいては、考えられていなかった新たな用途が見出される場合もあり、そのような特定の用途に利用した点の創作性から、発明と認められるものです。

なお昭和50年の特許法改正以前は、化学物質は自然に存在するものであってこれを見出すことは発見に過ぎず、化学物質であることは不特許事由とされていましたが、現行法では、化学的な方法によって未知の物質を作り出し、その多様な性質の中から有用性を見出したときには、化学物質自体の特許を取得することができます。このような物質そのものを対象とする発明は絶対的物質クレームと呼ばれます。

以上に対して、未完成な発明は発明とは認められません。発明とは、反復実施して目的とする技術効果を上げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当と考えられ、発明として未完成なものである場合、法29条1項にいう発明に当たらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは法の当然に予定し、要請するところと解されています。もっとも、必ずしも100パーセントの反復実施が可能である必要はなく、例えば判例(最判平成12年2月29日民集54巻2号709頁)では、黄桃の育種増殖方法の発明について、科学的にその植物を再現することが当該の技術分野における通常の知識を有する者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないとして、反復実施可能性を認めています。

発明は、以下のように分けられます。

物の発明
物の発明とは、技術的思想である発明が、生産や使用、譲渡のできる対象として具現化されており、かつ発明の構成要素としては経時的な要素を含まないものを言います。機械装置や部品、化学物質や電気回路などです。
方法の発明
構成要素として経時的要素を含む点で物の発明と区別され、これはさらに単純方法と物を生産する方法に区別されます。
(単純)方法の発明
単純方法の発明とは、物の生産を伴わない発明であり、例えばうまくタラコを取り出す方法や、分析方法、運転方法などのことです。発明の実施は、その方法の使用をすることに限られ、物の使用や譲渡といった実施態様はありません(2条3項2号)。
物を生産する方法の発明
物を生産する方法の発明とは、その方法を実施した結果として物が生産され、その物が使用や販売の対象となる場合を言います(2条3項3号)。

(参照 w:未完成発明

産業上の利用可能性

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特許を受けるためには、その発明が産業上利用することができる発明である必要があります(29条1項柱書)。産業は工業に限らず、農業や林業、水産業、金融業なども含みます。経済性は必要ではなく、技術的不利益を伴うものでもかまいませんが、あまりにも現実的でない、経済的不利益の大きすぎるものは利用可能性はないと考えられます。しかし基本的には、機械や装置などの発明であればなんらかの有用性はあるものと考えられ、この産業上の利用可能性が問題となるものは、医療関連発明以外にはほとんどないと考えられます。

特許庁の実務においては、人間を手術・治療または診断する方法は、産業上の利用可能性がないものであり、特許法による保護の対象となるものではないとされています。もっとも、医薬や医療機器などについての物の発明、医薬品や医療機器、培養皮膚シートなどの医療材料を製造するための方法は特許の対象となります。また複数の医薬の組み合わせや、投薬期間、投薬量などに特徴を有する医薬発明は物の発明として保護され、医療機器の作動方法についても保護の対象となります。しかし医師や歯科医師が処方箋によって調剤する行為や処方箋によって調剤した医薬には、2以上の医薬を混合して製造される医薬特許権は及びません(69条3項)。この人間を手術・治療または診断する方法が産業上の利用可能性がないということについての条文上の根拠はありませんが、医療現場での救命行為などが特許権によって妨げられることがあってはならないと考えられ、通説・判例となっています。ただし、特に近年は医療の範囲の拡大に伴い、基準や運用の曖昧さが批判されています。

(参照 w:産業上の利用可能性

新規性

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新規性とは、29条1項各号に該当しないことです。29条1項各号は新規性のないものとして以下を定めています。

  1. 公然知られたもの
  2. 公然実施されたもの
  3. 頒布された刊行物に記載された・電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったもの

公然には、不特定多数のものが知ることはもちろん、特定多数や不特定少数も含まれ、現実に知得したものが1人であっても公知と言い得ます。一方、秘密保持義務を負う多数の者に知られたとしても新規性は失われるものではありません。

公然実施されたとは、秘密保持義務を負わない者が発明内容を知りうる状態で2条3項各号の実施行為が行われたことであり、実際にその場に誰もいなかったとしてもそのような状態で実施されれば公用としてこれに該当します。もっとも、発明が内部構造に関するものであり、実施や実施品の使用によっても内部構造が知られる可能性がないのであれば、公然と実施されたとはいえません。

以上の例外として30条各項が定められており、1項では特許を受ける権利を有するものの意に反して公知とされた場合について、2項では特許を受ける権利を持つ者が試験や発表などの行為に起因して公知となった場合について、当該事由では新規性を喪失しないものと扱う救済措置が定められています。しかし、この適用を受けるには、6ヶ月以内に所定の手続きをとらなければなりません。

(参照 w:新規性

進歩性

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出願時に新規性のない発明、すなわち公知発明や公知技術から容易に発明することのできるものを進歩性のない発明と言います。これに該当する場合、進歩性がないとして、特許が認められません。

そして進歩性の有無についてはその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(これを当業者といいます)を基準として、判断がなされることとなります。複数の分野の技術が関連する融合技術分野では、関連する複数の技術分野の専門家からなるチームが当業者として想定されます。判断の基準となる時点は特許出願時の技術水準によりますが、出願当時の技術水準をその後発行された資料に基づいて認定することはできます。

典型的には、以下のように検討されます。

  1. 本願発明の要旨の認定
  2. 公知発明の認定
  3. 本件発明と公知発明との一致点・相異点の認定
  4. 認定した相異点にかかる構成を、当業者が容易に想到することができたか否かの検討

公知発明の寄せ集めや、単なる置換では進歩性は認められません。構成から効果が予測可能な発明であれば、当業者がその構成を容易に想到することができたか否かが問題となり、そうでない場合については、しばしば発明の効果が考慮されます。公知発明とは異質の効果がある場合や、同質であるが際立って優れた効果がある場合については、顕著な効果ありとして進歩性が認められる方向に働きます。

(参照 w:進歩性w:当業者

先願

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一つの発明に対しては一件の特許のみが認められ、重複特許は排除することとされています。ここで、先に出願した者のみが特許を受けることができるという考え方を先願主義といいます。特許法では、39条1項において、先願主義が採られています。そこで同一発明については先に出願された先願のみが登録され、後願は登録されません。出願の先後は日をもって判断され、同日出願となった場合には両者の協議によって権利取得できる者を決定します。協議が成立しない場合には両者とも出願が拒絶されます(39条2項)。

同一発明であるかどうかは、特許請求の範囲の記載によって決められます。もっとも、後記の拡大先願が定められたことによって、同一発明でない場合についても明細書に記載されていれば後願の特許権取得が否定されることとなります。

以上に対して、先に発明した者に特許を認める考え方を先発明主義と呼びます。先発明主義を採用した場合、先発明の証明は困難であり、また早く出願することを促すことで、技術内容を公のものとし、重複した技術開発を回避して技術の進歩を図るため有効と考えられ、世界的には先願主義が採用されています。ただ、アメリカ合衆国は唯一、先発明主義を採用しています(もっとも大幅に修正されています)。

拡大先願

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特許法39条による先後関係が問題となるのは、同一の発明についてですが、29条の2では他者が先にその内容において特許を取っていなくとも、他者が先に出願し、明細書または図面に記載した発明について、これは公知であったと擬制されるため後の出願については特許を受けることができないと定められています。これを拡大先願と呼びます。ただし、当該出願の公報が後に発行された場合に限られ、またこの規定は、出願人または発明者が同一の場合には適用がありません。

これは、明細書に記載された発明は、後願がなくとも先願が出願から1年6ヶ月で出願公開されるのであり、後願は社会になんら新しい発明を提供するのではないこと、拡大先願が認められないと先願の発明者は、無駄な防衛出願をしなくてはならないことともなるが、特許請求の範囲以外に記載した事項は先願の発明者は一般に開放するつもりであると考えられ、それを認めるべきであること、そして、審査請求制度によって先願が先に審査されるとは限らず、先願が補正されたり先願の放棄や拒絶査定がなされる可能性もあり、先願の特許請求の範囲が確定されない限り後願について審査できないこととなると後願の審査が著しく遅延することになることが理由として挙げられます。

(参照 w:先願主義w:先発明主義

不特許事由

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32条は、特許を受けることができない発明として公序良俗又は公衆衛生を害する発明のみを規定しています。特許法の制定当初は、飲食物又は嗜好物の発明、医薬や二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明、化学方法により製造されるべき物質の発明、原子核変換の方法により製造されるべき物質の発明、も32条によって特許を受けることができないとされていました。しかし、国内の経済や技術の発明と、国際貿易の拡大に伴い、このような不特許事由は削除され、公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明のみが残りました。公序良俗違反については、発明が公序良俗に反する使い方ができるからといって特許が認められないというわけではありません。

特許権の主体

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発明者主義

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特許を受ける権利は、原始的に発明者に帰属します(29条1項柱書)。特許を受ける権利と特許権は峻別されるものであり、発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継したものだけが出願をすることができます。発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継したもの以外のものによる出願は拒絶されることとなります(49条7号)。誤って成立したとしても無効事由があることとなります(123条1項6号)。

発明者は自然人に限られ、発明を完成した自然人が当然に発明者となります。発明者とは発明の特徴となる部分について創作的な貢献をした者のことであり、研究テーマを与えた者や抽象的助言をした者、資金や設備を提供した者などは発明者とはなりません。

特許を受ける権利の承継は、特許出願前は、その承継人が特許出願をしなければ第三者に対抗できません(34条1項)。特許出願後の特許を受ける権利の承継は、相続などの一般承継を除き特許庁長官に届け出なければその効力を生じません(34条4項)。

共有にかかる場合について、特許を受ける権利を共有するものは、全員が共同で出願しなければならず(38条)、また持分譲渡には他の共有者の同意が必要です(33条3項)。また、132条は共同審判を定めており、3項は、特許権または特許を受ける権利の共有者がその共有にかかる権利について審判を請求する時は、共有者の全員が共同して請求しなければならないとしています。また、共有にかかる権利の拒絶査定を受け、不服審判を請求し、請求が成り立たないとの審決を受けた場合に提起する審決取消訴訟は固有必要的共同訴訟とされています(最判平成7年3月7日民集49巻3号944頁)。なお、一旦権利が成立した後でその有効性を否定する無効審決がなされた場合、その取消しを求める審決取消訴訟は、保存行為として一部の共有者が行うことも認められます(最判平成14年3月25日民集56巻3号574頁)。

冒認

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冒認出願とは、発明者でない者であって特許を受ける権利を承継してもいない者がした特許出願をいいます。特許を受ける権利を有する者が適法な特許出願をした後、無権限者が譲渡証を偽造して出願人の名義を自己のものとした場合も冒認出願の一種といえます。

冒認出願は先願として扱われず(39条6項)、拒絶理由(49条7号)とも無効事由(123条1項6号)ともなり、理論的には真の権利者はこれに遅れて出願をしたとしても、冒認出願が先願として拒絶されることにはなりません。しかし実際には、先願が冒認出願であることは審査官にはわからず、これによって真の発明者による後願が拒絶される可能性があり、また冒認出願から1年6ヶ月が経過して冒認出願が出願公開されると、真の発明者は出願しても新規性喪失により特許を受けられないこととなります。もっとも出願公開後でも6か月以内であれば、新規性喪失の例外規定(30条2項)によって特許を受け得ます。

また、出願が特許庁に係属している間は、真の権利者が特許を受ける権利の確認訴訟を提起し、勝訴判決を添付して出願人名義変更を行うことで冒認出願を生かして真の権利者の権利の回復を図ることが認められています。一方設定登録後は、真の権利者への登録名義の移転はできず、無効審判によって無効とするのみと考えられてきました。しかし判例(最判平成13年6月12日民集55巻4号793頁)では、発明者が出願した後に、他者が出願手続中に無断で譲渡証書を作成するなどして出願人になりすまして特許権の設定登録を受けた場合について、発明者からの特許権登録名義の移転請求が認容すべきものと判示されました。この判例の根拠や射程(当初から冒認者が出願を行った場合についても名義の移転が請求できるか)については、さまざまな見解が主張されています。

特許取得手続

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総説

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特許権は、特許出願された発明が行政処分である特許査定がなされ、特許原簿に登録されることによって、権利として成立します。特許出願とは、特許庁長官に対して特許査定を求めて願書を出願する行為であり、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付して願書を提出します(36条)。願書には特許出願人及び発明者の住所氏名などが記載されます。特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められます(70条1項)。この際、願書に添付した明細書の記載及び図面が考慮され、用語の意義が解釈されます(同条2項)。特許請求の範囲はクレーム(claim)とも呼ばれます。

出願が法令に定められた方式に適合しているか否かの審査を方式審査といい、提出された書類に手続上の不備がある場合には、相当の期間を指定して手続きの補正をすることが求められ(17条3項)、補正がなされなければ手続却下処分がなされることになります(18条)。却下された場合、その出願ははじめからなかったものとなります(39条5項)。

特許が出願されると出願日より原則として18ヶ月後に、出願日や出願人の氏名、特許請求の範囲、明細書、図面の内容、要約書などが特許広報(出願公開公報)により公開されます(64条)。この出願公開により先願の存在が明らかとなり、これを模倣することが可能となるため、出願者には特許権成立前についても補償金請求権(65条)が認められています。補償金請求権は原則として、特許出願人がその発明を無断で業として実施している者に対して、特許出願中の発明内容を明らかにして権利侵害についての警告状を発し、権利の登録後に、警告後から設定登録までの間の発明の実施料相当額を請求できるというものです。なお既に第三者によって実施されているような場合には、早期公開制度(64条の2)により18ヶ月以前に公開することが可能であり、早期に補償金請求権を発生させるために用いられます。

出願公開された出願は、特許出願から3年以内に審査請求があったときに限り実体審査が行われます。先願主義により、特許権を取得するためには速やかに出願する必要がありますが、全ての発明が特許権取得に見合うとは限りません。そこで、出願者に出願後に特許権取得の要否を検討できるようにして出願発明が真に登録すべきものかどうかを判断させ、無用の審査にコストや労力が割かれることを防ぐためこのように定められています。審査請求は出願から3年以内に行うことが必要(48条の3第1項)です。特許法改正前(平成13年10月以前の出願)は7年でしたが、出願後も補正が可能であることなどから審査請求は遅らせたほうが有利となる場合が多く、実際に多くの審査請求が期間一杯まで審査請求されませんでした。しかしこれでは特許権の成否不明の期間が長くなり、7年は長すぎるとして期間が短縮されました。

出願から3年以内に審査請求がなかった出願は取り下げられたものとみなされ(48条の3第4項)、取り下げられた出願には先願としての地位も認められません(39条5項)。特許の成否は第三者にも影響を及ぼすため、審査請求は出願だけでなく、誰でも行うことができます。また審査には時間がかかりますが、一定の事情がある場合には、優先的な審査を求めることができます(48条の6)。これを優先審査制度といいますが、優先的に審査するか否かは裁量によります。なお、出願に際して納める費用は1件につき16,000円であり、これに対して審査請求をするには1件につき168,600円に1請求項につき4000円を加えた額を納めなければなりません(195条参照)。

実体審査は、特許庁長官の指定した審査官が行います。審査官は出願が登録要件を具備しているか否かを主に書面によって審査し、審査官が拒絶理由を発見すれば出願人に拒絶理由通知が送付されます。これに対して出願人は意見書を提出したり、補正書を提出して拒絶理由を回避することになります。それでもなお拒絶理由が解消していないと判断したときは、審査官は拒絶査定をするか、あるいは再度拒絶の理由が通知がなされます。このとき通知される拒絶理由が補正により生じたときは、当該拒絶理由は「最後の拒絶理由」となります。最後の拒絶理由に対する補正が可能な範囲は、最初の拒絶理由通知の場合よりも制限を受けます。審査官は拒絶理由を発見しないときは、特許査定をしなければなりません(51条)。

特許査定後、特許査定の謄本が特許出願人に送達され(52条)、送達後30日以内に特許料が納付されると(107条1項、108条1項)、特許権の設定の登録がなされ、この設定登録により特許権が発生します(66条1項)。特許権が設定登録された後に特許公報(特許掲載公報)が発行されます(66条2項)。

拒絶査定を受けた場合、拒絶査定の謄本の送達を受けた日から3か月以内に拒絶査定不服審判を請求できる(121条)。これと同時に補正することも可能です(17条の2第1項4号)。拒絶査定不服審判において拒絶査定を維持する審決がなされた場合、それを不服がある審判請求人は審決取消訴訟を提起することができます。

なお、拒絶理由通知を受けたときは、分割出願(44条)や変更出願(特許出願を実用新案登録出願や意匠出願とする)も可能です。

出願

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特許の出願に際して、明細書には発明の名称、図面の簡単な説明、発明の詳細な説明が記載されなければならず(36条3項)、また36条4項は、「発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」として、以下の各号を定めています。

  1. その発明に属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること(実施可能要件)。
  2. 特許を受けようとするものが特許出願の時に知っているものがある時は、その文献公知発明が記載された刊行物の名称その他その文献公知発明に関する情報の所在を記載したものであること(文献公知発明の開示義務)。

また同条6項は、「第三項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」として、以下の各号を定めています。

  1. 特許を受けようとする発明が発明の詳細に記載したものであること(記載要件、サポート要件)
  2. 特許を受けようとする発明が明確であること(明確性要件)。
  3. 請求項ごとの記載が簡潔であること。

これらのうち、関連文献の開示は拒絶理由(49条5号)とはなりますが、無効理由となりません(123条参照)。

また、37条は発明の単一性の要件を定めており、特許法施行規則第25条の8では、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいうものとされています。これについても拒絶理由とはなりますが、無効理由とはなりません。

(参照 w:特許請求の範囲w:明細書 (特許法)

補正

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出願内容を変更することができれば、拒絶理由を回避したり、発明後の事情を反映させることで成立後の特許権管理が容易になるなど出願人にとって便宜となります。しかし出願日を基準として先願後願の別や新規性・進歩性などの特許要件が判断されるのであり、自由に出願内容を変更できるとすると、出願日の意味がなくなり、第三者の利益を害することともなります。そこで、出願内容の変更は制限的に認められています。

時期的制限

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明細書の補正については、最初の拒絶理由通知を受けるまでの間は、いつでも補正できます(17条の2第1項)。その後は行政効率の観点などから以下の期間に制限されています。

  • 拒絶理由通知で指定された意見書提出期間内(17条の2第1項1号-3号)。
  • 拒絶査定不服審判の請求と同時(17条の2第1項4号)。

なお特許査定・拒絶査定後の分割出願が可能です(44条)。

内容的制限

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17条の2は、補正の内容について制限しており、明細書、特許請求の範囲または図面について補正をするときは、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内においてしなければなりません。これを新規事項追加の禁止といいます。この違反は無効事由(123条)となります。これは補正によって第三者が不測の不利益を受けることを防ぐものでs。

また17条の2第4項では、拒絶理由通知後の特許請求の範囲の補正は、補正の前後の発明が発明の単一性要件(37条)を満たすものでなければならないことが定められており、これにより、技術的特徴の異なる別の発明に補正してしまうことが禁止されています(シフト補正の禁止)。そして、最後の拒絶理由を受けた後の補正については、限定的減縮のみが許容されます(17条の2第5項)。また減縮後の発明が特許要件を備えるものでなければなりません(17条の2第6項。独立特許要件)。

(参照 w:日本の特許法における手続の補正

国内優先出願

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出願人が出願後も研究を重ね、あるいは明細書の記載について検討した結果、当初の出願を改める方がよいと考えた場合に、別出願としたのでは先の出願が先願、拡大先願、あるいは公知技術となって出願が拒絶され、先の出願の補正では新規事項の追加の禁止などによって補正できないという場合が考えられます。このような場合に先に出願した発明を含む後願や、先の出願を海容した発明についての後願を、先の出願と一体のものとして扱うのが国内優先権制度です(41条)。この場合、先の特許出願の明細書の補正が許される限度では先の出願の出願日を基準として特許要件が審査され、これを超える後願の部分については後の出願日を基準として審査がなされます。そして、特許権は両者を包括したものとして成立し、その存続期間は後の出願日を基準とすることになります。国内優先出願をするためには、先の出願から1年以内に優先権を主張して出願することが必要です。なお、先の出願は取り下げられたものとみなされ(42条1項)、この点でパリ条約とは異なります。

概ね、国内優先出願が利用される場合として、先の出願の明細書に記載されていなかった実施例を追加して出願する場合や、先の出願を包含する抽象的な上位概念となる発明を出願する場合、単一性が認められる発明が別個のものとして出願され係属している場合に、これらを一つの発明として出願する場合があります。

審判・審決取消訴訟

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審判

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審査官の行った行政処分である拒絶査定や特許査定は、行政町内の上部組織である審判官が審判手続きによって取消ないし変更することができます。審判は3人又は5人の審判官からなる合議体で行われます(136条)。特許権の成否の判断には高度な技術的専門性が要求され、そのような専門知識を持つ特許庁が準司法的機関としてまず判断を行うものとされています。審判手続きは当事者対立構造の有無により、以下のように区別されます。

査定系審判
拒絶査定不服審判(121条)と訂正審判(126条)
当事者系審判
特許無効審判(123条)と特許権の存続期間の延長登録の無効の審判(125条の2)
その他
再審(171条、172条)

拒絶査定に不服がある場合、特許出願人は拒絶査定不服審判を請求することができます。なお、拒絶査定不服審判の請求人が、審判請求と同時(17条の2第1項4号。なお平成20年改正以前は審査請求から30日以内)に明細書等を補正したときは、当該事案は元の審査官によって再度審査が行われます(162条)。そして審査官が補正により拒絶の理由が解消したと判断した場合、拒絶査定を取り消した上で特許査定をします(164条)。この制度を審査前置制度と呼びます。

審理の対象は、拒絶査定という結論の適否であり、審判では当初の拒絶査定と異なる拒絶理由によって拒絶査定の結論を維持することができます。拒絶査定がないと判断した場合には、特許査定を行うのが原則です。

さらに、審判合議体の結論に不服のある特許出願人は、特許庁長官を被告として、審決取消訴訟を提起することができます(178、179条)。法定出訴期間は原則として、審決の送達日から30日です。

特許無効審判

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特許査定がなされ、特許権設定登録がされることによって特許権が成立しますが、これに何らかの瑕疵がある場合があり、瑕疵のある特許権により不利益を被ることがあります。このような場合に、特許権を出願時に遡って対世的に無効とするのが特許無効審判です(125条)。

無効審判の請求は、請求項ごとにすることができます(123条1項)。また特許権が存続期間満了によって消滅した後であっても、存続期間中の権利侵害によって損害賠償請求を受けることも考えられ、無効審判は存続期間満了後でも請求することができます(123条3項)。

無効審判の請求をすることができる者は、係属中の審判に参加することができます(148条)。請求書には、請求の理由として特許を無効にする根拠となる事実を具体的に特定し、かつ、立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載する必要があります(131条2項)。

無効審判の請求がなされると、特許権者は、これに対応して特許請求の範囲や明細書の内容を訂正するための訂正請求をすることができます(134条の2)。訂正後の発明は、特許出願の際特許を受けることができるものでなければならず(独立特許要件。134条の2第5項で準用する126条第5項)、また特許権に実施権者・質権者などがある場合には、訂正請求にはそれらの同意が必要です(134条の2第5項で準用する127条)。

また無効審判においては職権探知主義が採用されており、当事者・参加人が申し立てない理由についても審理することができ、(153条1項)そのため積極的に証拠調べや証拠保全を行うこともできます(150条)。

無効審判の請求について、その理由の要旨を変更する補正は原則として認められません(131条の2第1項)。しかし、一回解決を図ったほうが特許権者側にとっても便宜こともあり、要旨を変更するものであっても審理を不当に遅延させることがないことが明らかであって、かつ訂正請求により補正の必要が生じた場合や補正に係る請求理由が当初主張されていなかったことに合理性があり、被請求人がその補正に同意している場合には、審判長の許可により補正をすることができます(131条の2第2項)。

請求認容審決が確定すると、その特許権ははじめから存在しなかったものとみなされます(125条本文)。また、一事不再理の規定が適用され(167条)、請求棄却審決が確定すると同一事実、同一証拠に基づいては、何人も同じ無効審判請求をすることはできなくなります。別の証拠に基づいて同一特許の無効審判請求をすることや、別の無効事由を理由として請求することは可能です。

訂正審判

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一旦成立した権利の内容について遡及的に変更することは、それを基礎として利害を有する者の信頼を害し、法的安定性を損ねるため、原則として認められず、ただ例外的に、訂正審判手続きと低請求によってのみ、権利を減縮する方向でのみ認められています。

訂正審判は、特許権者が自ら明細書等の記載に欠陥があることに気づいた場合や、無効審判や侵害訴訟において権利の有効性が問題となったときに、特許権者が無効事由を除去する場合に申し立てられます。審判請求ができる者は特許権者に限られます(126条1項)。もっとも、専用実施権者や質権者などが存在する場合には、その者の承諾を得なければ請求できません(127条)。

訂正が認められるのは、特許請求の範囲の減縮、誤記または誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明(126条1項)に限られ、新規事項追加は禁止されています(126条3項)。また訂正後の発明が独立特許要件(拒絶理由に該当するものでなく、独立して特許を受けることができること)を充たすものでなければなりません(126条5項)。


訂正審判の効果は、(後発的理由を除き)出願時まで遡及します(128条)。そこで、訂正審判と無効審判・審決取消訴訟の関係が問題となります。まず、無効審判が確定した場合、特許権は遡及的に消滅し、その後訂正審判を請求することはできません(126条6項)。無効審判を請求された特許権者は審判請求手続きの中で訂正を請求するものとされており(134条の2。訂正請求)、これとは別に訂正審判を請求することができません。また、訴訟の遅延を防ぐため、審決取消訴訟が提起された場合、訴えの提起があった日から起算して90日の期間内を除き、訂正審判を請求することができません(126条2項)。

審決取消訴訟

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特許庁の審決に対する不服申し立て訴訟は、行政事件訴訟法が適用される行政訴訟であり、審決取消訴訟と総称されます。審決取消訴訟は東京高裁(知財高裁)が専属管轄となります(178条1項)。特許庁における審判手続が事実上の第一審手続とされています。審決取消訴訟はほぼ全件が弁論準備手続きに付され、実質的な審理は弁論準備手続きで行われていると言えます。

メリヤス編機事件判決(最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁)
ここでは最高裁は、特許の無効について、常に専門的知識経験を有する審判官による審判手続きの経由を要求するとともに、審決に対してのみ取消の訴えが認められていることなどから、審決取消訴訟では、抗告審判の手続きで審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することはできないと判示しました。これは、主張できる審決取消理由に制限がない、ないし同一法条における審決取消理由であれば制限なく主張できるといった考え方を否定し、審判において争われた具体的範囲においてのみ審決取消理由として主張することができるという立場に立ったものです。
大径角形鋼管事件判決(最判平成11年3月9日民集53巻3号303頁)
ここでは最高裁は、特許の無効の審決がなされ、審決取消訴訟が提起されてその訴訟の係属中に当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判が確定した場合には、特許請求の範囲が減縮した結果、通常新たな特許請求の範囲について公知事実との対比を行わなければならず、その審理判断は特許庁における審判の手続きを経ることなく裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから、当該無効審決を取消さなければならないものと解するのが相当であると判示しました。

以上のように無効の審決がなされた後で訂正審判がなされると、原則としてその訂正後の特許権について特許庁の審理を経なければならず、無効審決は取り消した上で改めて特許庁における審判の手続きによって審理判断されるされることとなります。そこで、訂正審判が請求され、あるいは請求されようとしている場合、裁判所は決定をもって当該審決を取り消すことができます(181条2項)。

審決を取り消す判決が確定すると、その事件について再度審理をする審判官に拘束力が働きます(行政事件訴訟法33条)。

特許権の処分

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特許権は絶対的排他独占権であり、特許権の移転(相続等一般承継によるものを除く)、放棄による消滅、そして処分の制限は、登録しなければ効力を生じないものとされています(98条1項)。すなわち、これらは登録が効力発生要件です。

効力と利用

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総説

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特許権者は、業として、特許発明の実施をする権利を専有します(68条本文)。専有とは、その権利を独占し、他者の実施を禁止することができるということです。また、専用実施権の許諾(77条)、仮専用実施権の許諾(34条の2)、通常実施権の許諾(78条)、仮通常実施権の許諾(34条の3)ができます。

特許法は、発明を、物の発明、方法の発明、物を製造する方法の発明に区別し、それぞれのカテゴリーについて実施に該当する行為を定義しています。物の発明の場合には、その物の生産、使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申し出をする行為(2条3項1号)、方法の発明にあっては、その方法を使用をする行為(2条3項2号)、物を生産する方法の発明にあっては、その方法の使用のほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入あたは譲渡等の申出をする行為(2条3項3号)です。プログラムの発明は、物の発明と擬制されています(2条3項1号)。

一方、実施に特許権者の許諾等が不要とされているものとしては、試験・研究のための実施(69条)などがあり、その他後記のような規定によって特許権の効力は制限されています。

また、特許権者が業として特許発明の実施をする権利を専有するといっても、その特許発明がその特許出願の日前の出願に係る他人の特許発明、登録実用新案若しくは登録意匠若しくはこれに類似する意匠を利用するものであるとき、又はその特許権が特許出願の日以前の出願に係る他人の意匠権若しくは商標権と抵触するときは、業としてその特許発明の実施をすることはできません(72条)。このような、他者の知的財産権と利用関係や抵触関係にある場合には、先願となる知的財産権の実施について許諾を得るなどする必要があります。なお、条文の規定上、先願となる特許権との抵触関係については定められていませんが、当然に実施できないと考えられます。

特許権の存続期間

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特許権は、特許出願日から20年で満了します(67条1項)。分割出願(44条2項)、変更出願(46条5項)、実用新案登録に基づく特許出願(46条の2第2項)は、原出願の出願日から20年となります。

特許権の存続期間は、安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があったときは、5年を限度として、延長登録の出願により延長することができます(67条2項)。これが問題となる典型的なものとしては医薬品があり、薬事法に基づく承認・認証を受けるためにその医薬品の発明を実施できない期間がある場合、その期間分を延長することができます。この場合の特許権存続期間の延長がなされる特許権はその全体ではなく、政令で定める処分の対象となった物についての当該特許発明の実施以外の行為には及びません(68条の2)。

特許権の消尽

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国内消尽

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特許権者あるいはこれと同視し得る者が国内において特許製品を適法に拡布した場合には、特許権は消尽します(国内消尽)。明文規定はないものの、この点に関して判例・学説は一致しています。すなわち、特許製品を特許権者等から譲受けた場合に、これを業として使用し、あるいは第三者に再譲渡する行為や貸し渡す行為等も形式的には特許発明の実施に該当し、特許権を侵害するように見えますが、特許権者または実施権者が国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡しまたは貸し渡す行為等には及ばないものというべきとされています(最判平成9年7月1日民集51巻6号2299頁(BBS並行輸入事件))。

一方、特許製品を構成する部材が加工・交換等され、またその後販売された場合も問題となります。これについて判例(最判平成19年11月8日民集61巻8号2989頁)では、プリンタのインクカートリッジについて、加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者はその特許製品について、特許権を行使することができ、新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当と判示しました。

国際消尽

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国内消尽の場合と同様、特許権者等が、ある外国において特許製品を適法に拡布した場合に、当該製品の日本への輸入(並行輸入)することなどは、特許権の侵害行為に該当するとも考えられます。かつては、パリ条約4条の2の特許権独立の原則、属地主義の原則を理由に、特許権の国際消尽を否定する説も有力でした。しかし最高裁判所は、上記判例(最判平成9年7月1日)において、「我が国の特許権者またはこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。」と判示しました。

(参照 w:消尽w:工業所有権の保護に関するパリ条約

許諾による実施権

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専用実施権

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特許権者は、その特許権について専用実施権を定めることができます。専用実施権者は、設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明を実施する権利を専有し(77条)、その範囲については、第三者はもちろん特許権者といえども実施することができません。特許権と専有実施権の関係は、所有権と地上権に例えられることがあります。特許権者は、その特許権の全範囲にわたる専用実施権を設定した場合、特許権者としてその特許権を実施することは全くできなくなりますが、専用実施権の譲渡(77条3項)、専用実施権者による通常実施権の設定および質権の設定に対する許諾権(77条4項)を持ち、また第三者により特許権が侵害された場合には、自ら差止請求訴訟を提起することができるとされています(最判平成17年6月17日民集59巻5号1074頁)。

専用実施権は登録が効力発生要件であり(98条1項2号)、登録の際には設定登録すべき専用実施権の範囲も併せて登録しなければなりません。その移転、変更、消滅、質権の設定についても登録が効力発生要件となります。もっとも、登録がされていない専用実施権の設定は、当事者の約定の趣旨により、通常実施権としての効力は認められ得ます。

専有実施権者は自己の名において差し止め請求や損害賠償請求をすることができます。

通常実施権

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特許権者は、その特許権について通常実施権を定めることができます。通常実施権が設定されると、通常実施権者は特許法や設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を有します。通常実施権は債権的な権利であって、特許権者は同時に同一内容の通常実施権を複数の者に許諾することができ、特許権者自らも実施ができます。なお、専用実施権者も特許権者の許諾を得た場合には、通常実施権を設定することができます(77条4項)。

通常実施権に基づく差止請求は認められない、というのが通説となっています。一方通常実施権に基づく損害賠償請求については、肯定・否定の両方の裁判例があり、見解は分かれています。

許諾による通常実施権は、契約により効力が発生し、登録は第三者対抗要件です(99条1項)。また、通常実施権者による設定登録請求権の存否について、判例(最判昭和48年4月20日民集27巻3号580頁)は、「特許権者から許諾による通常実施権の設定を受けても、その設定登録をする旨の約定が存しない限り、実施権者は、特許権者に対し、右権利の設定登録手続きを請求することはできないものと解するのが相当である。」としています。その理由として、許諾による通常実施権者は、単に特許権者に対し右の実施を容認すべきことを請求する権利を有するにすぎないということがあげられます。

実際にも、許諾による通常実施権の登録率は極めて低い率に留まっていました。これは、件数が多い場合には登録料(一件15000円)が負担となるというだけでなく、通常実施権契約の存否や契約内容は営業上の秘密として秘匿したいという理由もありました。しかし、それでは権利関係が不明瞭なものとなってしまいます。そこで、登録率を高めるため平成20年の法改正において、特許原簿の記載事項のうち、通常実施権または仮通常実施権に係る情報であって、開示することにより特許権者、実施権者等の利益を害する恐れのあるものとして政令で定めるもの(実施権者の氏名等、通常実施権の範囲(特許法施行令18条))については、開示しないこととされたました。また従来登録事項とされていた対価の額については、登録事項から除外されました。さらに、産業活力再生及び産業活動の革新に関する特別措置法においては、包括ライセンス契約について簡易な手続きで登録をする制度が新設されました。

独占的通常実施権

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上記のように通常実施権は同一内容を複数のものに許諾することができますが、そうすると通常実施権者は競争関係に立つことになります。そこで、通常実施権の設定契約において、契約の相手方のみに実施権を与え、他者には与えないという特約がなされることがあり、このような実施権を独占的通常実施権といいます。また、これに加えて特許権者自身も実施しない旨の特約を定めることもあり、その場合には完全独占的通常実施権と呼ぶことがあります。本来このような権利の許諾は専用実施権の許諾によるものと言えますが、専用実施権はその効力が強力であり、登録が効力発生要件となっていることもあって独占的通常実施権が多く用いられています。

もっとも、独占的通常実施権といっても、当事者間でそのような特約をしただけであり、特許権者が約定に違反して他者に通常実施権を許諾した場合には、特許権者に対して債務不履行責任を追及できるだけであって通常実施権の許諾自体に影響はありません。

独占的通常実施権者が債権者代位により差し止め請求権を行使することができるか否かについては、最高裁の判例はなく、裁判例も必ずしも統一されているとはいえません。学説では、否定説が多数となっています。一方、独占的通常実施権者が無権限で実施をした第三者に対して損害賠償請求をすることは、判例・通説において肯定されています。その理論的根拠は明らかではありませんが、専用実施権の利用率が低くこれに代わるものとして独占的通常実施権が用いられていることから、政策的考慮をしたものといえます。

法定通常実施権

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職務発明に対する使用者等の通常実施権(35条)
従業員などによる職務発明に対しては、使用者等は無償の通常実施権を取得します。これに対し、従業員等は相当の対価を受けることができます(後記)。
先使用による通常実施権(79条)
先使用権は、特許発明と同一の発明をその特許出願前から善意で実施、あるいは実施の準備をしている者に、産業政策的な観点から認められている通常実施権です。先願主義により、他者に特許権を取得されたからといって、それまで行ってきた実施や実施の準備が全く無に帰すというのでは社会的にも不利益が大きく、不公平となるためこのような先使用権が認められています。先使用権者は対価の支払いを要しません。先使用権の範囲は、現実に実施ないし準備をしていた実施形式だけでなく、それと同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及びます。判例(最判昭和61年10月3日民集49巻6号1068頁)では、事業の準備について、未だ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつその即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味するとしており、また実施または準備をしている範囲とは、先使用権の効力は特許出願の際に先使用権者が現に実施または準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失いわない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である、と判示しています。
無効審判の請求登録前の実施による通常実施権(80条)
特許無効の審判の請求が特許原簿に登録(予告登録)される前に、善意でその発明の実施をしていた者、または実施の準備をしていた者(中用者)は、その発明について通常実施権を有します。これは、誤って同一の特許について特許登録がされ、これを信頼して実施をしていたような場合に、その特許が無効となり、存続した方の特許権者から差止請求などを受けることから保護を図るものです。ただし、相当の対価の支払いを要します(80条2項)。これを中用権と言います。
再審請求の登録前の善意実施者の通常実施権(176条)
無効または拒絶査定が確定し、自由に実施することが可能となった発明を、再審の請求の登録前に善意で実施・準備していた者は、再審で、無効とされた特許権が回復された時や拒絶査定が覆され特許権の設定の登録がなされた時には、実施・準備の範囲内で通常実施権を有します。対価について明文の規定はなく不要と解されています。これを後用権と言います。

裁定実施権

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裁定実施権(強制実施権)とは、特許発明の適切な実施の確保のため公益上の必要性が認められる場合に、行政処分によって強制的に通常実施権を設定する制度です。通常実施権の範囲や対価額、対価支払の方法、時期については裁定において定められます(86条2項。不実施の場合以外についてもこれが準用されています)。なお、これはいわば伝家の宝刀であり、これまでこれによって実際に通常実施権が設定されたことはありません。

不実施の場合の通常実施権
特許発明の実施が継続して3年以上日本国内において適当にされていないときは、実施をしようとする者は特許権者または専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができ、協議が成立せず、あるいは協議をすることができないときは、特許庁長官に裁定を請求することができます。ただし、出願から4年が経過する前にはできません。
自己の特許発明を実施するための通常実施権(92条)
特許権者または専用実施権者は、その特許発明が72条に規定する場合(他人の特許発明、登録実用新案等を利用するものである利用関係にあるとき)は、その他人に対し特許発明の実施をするための通常実施権の許諾について協議を求めることができます。協議が成立せず、または協議をすることができないときには、特許庁長官の裁定を請求することができます。
公共の利益のための通常実施権(93条)
特許発明の実施が公共の利益のために特に必要である時は、通常実施権の許諾について協議を求めることができ、協議が成立せず、または協議することができないときは、経済産業大臣の裁定を請求することができます。

職務発明

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総説

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職務発明とは、従業者の発明であって、従業者の現在または過去の職務に属し、かつ使用者等の業務範囲に属する発明のことです。これ以外の従業者の発明は自由発明と呼ばれます。また、従業者の発明のうち、会社の業務範囲に属するが職務発明に該当しないものを業務発明と呼ぶこともあります。業務発明については、雇用契約上使用者への報告義務や優先協議義務が課されている場合が多くあります。

従業者とは、一般的には雇用契約による者ですがこれに限られるものではなく、発明に当たって資金・設備などの支援体制があり、指揮命令を受ける関係にあれば従業者として認められる場合もあります。発明完成時点で従業者であればよく、従業者の退職後の発明は職務発明には該当しませんが、発明完成後退職した場合には職務発明となります。

前記のように、特許を受ける権利は原始的には発明者に帰属するため、従業員が発明をした場合には従業員が特許を受ける権利を取得します。ただし、35条2項の反対解釈により、職務発明については、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を承継させ、あるいは仮専用実施権もしくは専用実施権を設定することを定めるのも有効と解されます。この場合、従業者は同条3項により、それにつき相当の対価の支払いを受ける権利を有します。そして同条4項では、勤務規則等において対価の額について定める場合には、不合理なものであってはならないとしています。対価の額について勤務規則等において基準等が定められている場合には、その基準等が合理的なものと認められるものであれば、その基準等によって支払われる対価は相当の対価であると認められ、裁判所は具体的な対価額の決定に介入しないものと解されています。

このような35条の規定は、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図った規定であると考えられます。

また、職務発明については、使用者等は法定通常実施権を有します(35条1項)。これは無償のものであり、対価の支払いは必要ありません。登録と同時に発生し、登録なくして第三者に対抗できます(99条2項)。

職務の範囲

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どこまでが職務に含まれるかについて、裁判例(大阪地判平成6年4月28日判時1802号30頁)では、従業者の職務に属する場合について、従業者が当該発明をすることをその本来の職務と明示されておらず、自発的に研究テーマを見つけて発明を完成した場合であっても、その従業者の本来の職務内容から客観的に見て、その従業者がそのような発明を試みそれを完成するよう努力することが使用者との関係で一般的に予定され期待されており、かつ、その発明の完成を容易にするため、使用者が従業者に対し便宜を供与してその研究開発を援助するなど、使用者が発明完成に寄与している場合をも含むとしています。

相当対価請求権

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相当対価請求権の消滅時効については、対価の支払いに関する勤務規則等がない場合、特許を受ける権利の承継時が起算点となります(東京地判平成16年2月24日判時1853号38頁など)。一方、勤務規則等に対価の支払い時期が定められている場合について判例(最判平成15年4月22日民集57巻4号477頁)では、その支払時期が到来するまでの間は相当の対価を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払いを求めることができず、勤務規則等に定められた支払い時期が起算点となるとしています。

また相当の対価請求権は、特許法35条3項によって認められた法定債権であり、その消滅時効の期間は10年であるというのが多数の見解となっています。

職務発明について、外国での特許を受ける権利を承継した場合の対価請求については、特段の契約がない限り35条の規定が類推適用されます(最判平成18年10月17日民集60巻8号2853頁)。

相当の対価について使用者・従業者間で定められていない場合、35条5項において定められる要素を考慮して判断されることとなります。そこで、基本的には、その発明により使用者等が受けるべき利益×(1-使用者等の貢献・負担の度合)で計算されますが、従業者の処遇などのも考慮されることとなります。使用者が自ら実施する場合には、発明の実施を独占することにより超過利益を享受することができ、他者に実施させる場合には実施料を受け取ることができます。これらがその発明により使用者等が受けるべき利益となります。

(参照 w:職務発明

特許侵害訴訟

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総説

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特許侵害訴訟では、まず問題となる物件が特許権等を侵害しているかどうかという侵害論の審理をし、その審理の結果として侵害があると判断されれば、損害の発生とその額がどうであるかという損害論の審理がなされることとなります。

差止請求権については、100条に規定されており、特許権者・専用実施権者は侵害者に対し、侵害の停止又は予防を請求する(100条1項)とともに、侵害行為を組成した物の破棄、侵害に供した設備の除去その他の侵害の予防に必要な行為を請求できます(100条2項)。差し止め請求では、侵害者の故意・過失は問題とされていません。

損害賠償請求をする場合には、民法の不法行為の規定によることとなりますが、103条で侵害者の過失が推定されています。これは法律上の推定であり、被告は自らの無過失を主張立証しなければならないため、これを覆すのは実際には極めて困難です。

技術的範囲の解釈

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クレームとその解釈

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特許権を成立させる過程における新規性、進歩性等の審理の前提としての発明の範囲の確定は、発明の要旨認定などと呼ばれることがあり、侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定は、クレーム解釈などと呼ばれることがあります。特許権の範囲は、いずれにしても特許請求の範囲の記載の解釈によるのであって、その文言解釈が基礎となります。そこで、両者の判断は基本的には同じものとなりますが、解釈において問題となる場面の違いに応じて、差異が生じることもあると考えられます。権利の取得過程では、特許請求の範囲によって特許要件が判断されるのであり、その記載が不十分であれば補正が求められ、補正がなければ権利は不成立とすべきものと考えられますが、一旦権利が成立し、その権利の範囲を事後的に認定する場合には、明細書の発明の詳細な説明の記載なども参照され、権利の及ぶ範囲が不当に拡大しないように判断する必要があると考えられます。

特許請求の範囲(クレーム)は、特許出願人が自らの責任において、特許を受けようとする発明を特定するために必要とする事項のすべてを記載したものです(36条5項)が、特許請求の範囲が具体的構成でない場合もあります。 そのようなものには、機能的クレームとプロダクト・バイ・プロセス・クレームがあります。

機能的クレーム
機能的クレームは、発明の構成が果たす機能として抽象的に記載されている特許請求の範囲のことを言います。技術分野によっては、装置の構造や具体的手段を記載するよりも機能や作用などを記載することで、発明を定義することが妥当な場合もあります。しかし、特許請求の範囲に記載された文言どおりに範囲を認定すると、本来認められるべき範囲を超えて特許権の効力が及ぶことがあります。このような場合には、発明の詳細な説明で開示されているものなどを参照して、特許発明の技術的範囲を当業者が読み取りうる範囲に限定して解釈をすることがあります。
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、物の発明において、その物の一部又は全部の製造方法が記載されている特許請求の範囲のことを言います。技術分野によっては、その物の構造や物理的性質を記載するのが困難であり、その製造方法を記載して発明を定義することが妥当な場合もあります。この場合に特許請求の範囲に記載された文言どおりに範囲を認定すると、発明の範囲が過度に減縮されることがあります。判例・通説は、このような特許請求の範囲の記載については、原則として当該製造方法に限定する必然性はなく、物として同一である物も当該特許発明の技術的範囲に含まれると解しています。

また、特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定に際し、出願時の審査経過が参照され、審査手続きにおける主張と矛盾する主張が退けられることがあり、これを包袋禁反言(出願経過禁反言)といいます。審査官が採用しなかった主張についても、禁反言が適用されるというのが通説・裁判例となっています。

特許権の侵害の成否は、文言侵害性によるのが原則であり、特許発明と問題となっている物(イ号製品、イ号物件などと呼ばれます)などとを対比し、本件特許発明のすべての構成要件を充足する場合には侵害となります。ここで、その一部でも異なる場合に必ず特許権侵害がないこととなるのかが問題となります。

均等論

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問題となっている、イ号製品(イ号方法)が、特許発明の構成要件の一部を充足せず、文言侵害に該当しない場合においても、均等論によって侵害が肯定されることがあります。これを均等侵害とも呼びます。均等論とはつまり、特許権の保護範囲を、文言の範囲内のみとすると公平の原則に反するような場合に、特許発明と均等な発明にまで拡大すべきというものであり、これを認めるか否かが議論されてきました。判例(最判平成10年2月24日民集52巻1号113頁(ボールスプライン軸受事件))では均等論を是認し、その適用の要件を以下のように示しています。

非本質性
異なる部分が、特許発明の本質的部分でないこと。
置換可能性
相異点を置換しても、特許発明の目的が達成され、かつその作用効果も同一であること。
置換容易性
置換容易性(容易想到性)とは、侵害時において、異なる部分の置換が当業者の容易に想到することができたものであること。
容易推考性がないこと
対象製品が出願時において公知技術と同一または公知技術から当業者に容易に推考されるものでないこと。
特段の事情がないこと
対象製品等が、特許権出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものであるなどの特段の事情がないこと。

判例は均等論を是認する理由として、特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって特許権者の権利行使を免れることができるとすれば、社会正義に反し、公平の理念にもとることとなること、特許発明の技術的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成から実質的に同一なものとして容易に相当することができる技術にも及び、第三者もこれを予期すべきものと解されること、出願時に公知あるいは当業者が公知技術から容易に推考できる技術については、何人も特許を受けることができず、特許発明の技術的範囲に属するということもできないこと、を挙げています。また特段の事情については、特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、または外形的にそのように解されるような行動をとった者について、これに反する主張をすることは禁反言の法理に照らし許されないとしています。そして、外形的にそのように解されるような行動には、当業者であれば容易に当初からこれを包含した形の特許請求の範囲により出願ができたはずである事項や、特許出願過程において補正により容易に技術的範囲に取り込むことが可能であったはずの事項については、出願人がそのような出願や補正をしなかったことも含まれると考えられます。

容易推考性がないこと及び特段の事情がないことは、特許権者が主張立証責任を負うものではなく、不成立を主張する側がその存在について主張立証責任を負うものと解されています。

学説では、このような要件については賛否があります。

また学説では、独自開発の抗弁を認める見解も主張されています。これは、均等論は模倣した場合にのみ適用されるべきと考え、侵害者が自ら独自に開発したとの主張立証を行えば、均等侵害は認められないとの主張です。しかし裁判例ではこれをすべて否定しています。

(参照 w:均等論

生産方法の推定

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104条は、その生産方法により生産された物が特許出願前に国内で公然知られた物でないときは、同一の新規物を製造している者は特許発明と同一の方法でこの新規物を生産したものと推定すると定めています。どのような生産方法が採用されているかは営業秘密などとされ、特許権者等には明らかにされない場合がありますが、そのような立証困難を救済するため、新規物の生産方法については、104条によって特許発明と同じ生産方法であると推定されているのです。

この主張を受けた側は、推定を覆すため特許発明でない生産方法を明らかにするか、あるいはそれが営業秘密であって開示を望まない場合は、特許発明の方法であれば生じるはずの中間生成物が生じていないなどと主張して争うことになります。

間接侵害

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間接侵害(擬制侵害、寄与侵害)とは、101条により侵害とみなされる行為による侵害であり、特許発明の実施と密接に関連する準備的行為・幇助行為のことです。

101条1号及び4号(客観的間接侵害、専用品型間接侵害)
これは、例えば特許権の対象となっている物それ自体を製造・販売するものではないものの、その物を製造するためだけに用いられる部品を製造・販売して、それを購入者が組み立てて特許権の対象物とするといった場合について定めたものです。「にのみ」に該当しないためには、単に他の用途にも使用できるというだけではなく、他の用途が商業的、経済的にも実用性ある用途として社会通念上通用し承認されたものとして実用化されている必要があります。そのような他の用途がない場合、特許権侵害であると擬制されます。
101条2号及び5号(主観的間接侵害、非専用品型間接侵害)
ここでは、「にのみ」といえない場合についても、間接侵害として認められる場合が定められており、これに該当して間接侵害となるためには、発明による課題の解決に不可欠なものであるという客観的要件と、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを侵害者が知っていることという主観的要件を充たすことが必要となります。課題の解決に不可欠とは、発明の構成要件中の本質的部分に該当するということであり、それが特許発明である発明の実施に用いられることを知っていたことが必要です(つまり過失では認められません)。

なおこの間接侵害に関しては、直接侵害の存在を必要か否かについて見解が分かれています。

独立説
独立説は、間接侵害の成立には直接侵害の存在が必要なく、101条の侵害行為はそれのみで独立した特許権新が行為となるという見解です。この見解を貫徹すると、特許発明の実施権者や試験・研究のために実施する者(69条1項)が製品を製造するための必要な部品を、他者が生産した場合、その部品製造者は間接侵害をしていることとなり、実施権者等は特許権者から許諾を得ている部品製造業者からしか部品を調達できないこととなります。
従属説
従属説は、間接侵害の成立には直接侵害の存在が必要であるという見解です。あくまで特許権の直接侵害の準備的・幇助的行為であり、直接侵害が成立しうることが間接侵害の成立に必要であるといいます。この見解を貫徹すると、部品の製造販売は業として行われるものの、それを購入して特許の対象となっている物を組み立てる行為などが家庭において行われる場合、間接侵害には該当しないこととなります。
折衷説
具体的事件に応じて個別的解決すべきであり、一律に決定できるものではないという見解です。

なお、直接説も間接説も実際には貫徹はされておらず、問題に応じて修正が加えられて主張されています。そこで、部品が製造され家庭内で使用等される場合については間接侵害を認めるのが通説となっており、また、日本の特許権の効力が及ばない外国の行為の幇助行為を違法とするのは、特許権の不当な拡張であると考えられ、独立説に立つ立場からも、間接侵害の成立は否定するのが有力となっています。外国での使用等については、間接侵害を否定した裁判例(大阪地判平成12年10月24日判タ1081号241頁、東京地判平成19年2月27日判タ1253号241頁)があります。

無効にされるべき特許

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当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものである場合でも、無効の審判が確定するまで有効として扱われるものとも考えられますが、このような場合について、最高裁はキルビー事件判決(最判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁)において、特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと判示しました。これを受けて、平成16年の特許法改正では104条の3第1項において、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」と定められました。

また同条2項では、「前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。 」としています。

(参照 w:キルビー特許

損害額の認定

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特許権侵害による損害額について、まず102条1項は侵害者が侵害行為を組成した物を譲渡したとき、譲渡が特許権者等の能力を超えていないとき、その譲渡数量に特許権者等の単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害額とすることができると定めており、侵害者の侵害製品の販売数量に特許権者等の単位数量当たりの利益額を乗じた額で特許権者等の実施能力を超えない限度の額と、特許権者等の権利侵害との間に相当因果関係があることを推定しています。これによって、特許権者等の立証の負担が軽減されています。侵害者はこれに対して、特許権者が侵害者の販売数量の全部または一部について、販売できない事情があったことを主張・立証してこれを減じることができます。特許権者等の単位数量当たりの利益額とは、限界利益、すなわち売上額から変動経費のみを控除した額と解するのが通説・判例となっています。

次に、102条2項は侵害者の利益額に基づく損害額の推定であり、侵害者の侵害行為によって得た利益を損害額と推定しています。これも、特許権者等が実施していることが前提となっており、損害発生の事実までをも推定するものではありません。さらに102条3項は、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができると定めており、侵害者が適法に特許権者の許諾を得ていたならば支払うことになったであろう実施料相当額を最低限の損害額として法定しています。

また、105条の3では、損害額を立証するために必要な事実を立証することとが当該事実の性質上極めて困難であるとき、裁判所は口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができると定められています。

訴訟手続

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特許法では、特許侵害訴訟の審理のための特別の規定を置いています。

まず、104条の2では具体的態様の明示義務が定められており、特許権者等が侵害として主張する物又は方法の具体的態様を否定するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければなりません。

また、105条1項では、裁判所は侵害行為の立証や損害額の立証のために、当事者の申立てによって当事者に対し、必要な書類の提出を命ずることができ(文書提出義務)、また証拠を裁判官のみ、あるいは裁判官に加えて相手方当事者や訴訟代理人のみに開示して意見を聞くことができる制度(インカメラ手続)も定められています(105条2項・3項)。証拠等の中に営業秘密が含まれている場合、当事者の申立てにより、裁判所は当該証拠等を訴訟目的外で使用することを禁ずる秘密保持命令を当事者や訴訟代理人らに対して発することになります(105条の4)。

(参照 w:日本の特許制度w:特許権侵害訴訟w:共有に係る特許権