自然人(しぜんじん)とは、法律用語の一つであり、法人に対して通常の人を表します。なお、法文上は「人」、「自然人」、「個人」などが用いられています。ここでは権利の主体としての自然人について扱います。民法では概ね、第一編 総則 第二章 人 の部分となります。

この講座は、民法 (総則)の講座の一部です。前回の講義は民法とは、次回の講義は法人です。

権利能力 編集

3条1項は、「私権の享有は、出生に始まる。」と定めており、この私権の享有主体となる能力を権利能力と言います。権利能力が認められることで、例えば所有権の主体(つまり所有者)となることなどが認められます。

民法は、出生のみを享有主体となる条件として挙げており、およそ人であれば誰もが権利能力を持つものとしています(日本国民について。なお外国人に関しては3条2項で「外国人は、法令又は条約の規定により禁止される場合を除き、私権を享有する。」としています。)。現在では、憲法上の要請でもあり、また世界的に見ても当然のことと言えますが、かつてはそうでない制度(例えば奴隷制)がとられていたこともあります。

(参照 w:権利能力

人の始期 編集

出生とは何であるか(いつの時点で出生したと言えるか)について、民法上の出生としては、胎児の体が全部母体から露出した時とする全部露出説が通説となっています(なお、刑法上は一部露出説が通説です)。反対解釈すると、母体内の胎児は権利能力を持たないと言うことになります。ただし民法では、721条において「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。」、886条において「1項 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。」と定められています。

また、965条が886条を準用しています。そこで、721条の損害賠償請求の場合、886条の相続の場合、そして965条の遺贈の場合においては、胎児の出生が擬制され、権利能力があることとなります。

これは、胎児がまだ生まれていないことによって不利益を被らないようにしたものです。このような規定が無ければ、極端に言えば、ただ一日生まれるのが遅かっただけで親の財産を相続できない、などということにもなりますが、それでは問題があると考えられたのです。

(参照 w:人の始期

人の終期 編集

人はいつ人でなくなるかについて、民法では、私権の享有は死亡に終わるなどという規定はありませんが、当然に死によって人ではなくなるものと考えられています。

かつては、死亡の時期につき特に問題も無く心停止の時とされていましたが、現在では臓器移植に伴い、脳死をもって死とする説も有力に主張されています。また、臓器の移植に関する法律では、脳死した身体を死体として扱っています。

(参照 w:人の終期

同時死亡の推定 編集

複数の人が死亡し、死亡時期がよく分からない場合(例えば自動車事故で発見されたとき二人とも死んでいた場合など)がありますが、死亡の順序によって相続などに影響があるため、民法では32条の2において、「数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。」と、同時死亡の推定の規定をおいて、その場合には同時に死んだものと推定しています。

例えば、ある夫婦(夫婦に子供がいて、また夫婦の両親は共に生きているとします)が死亡した場合、法定相続分通りに相続するとすると、

  1. 妻が死に、その後夫が死んだ場合はまず妻の財産の半分が子供に、半分が夫に相続されます。その後の夫の死により(このとき妻はいないため)夫の財産(妻からの相続分を含む)の三分の二が子供に、三分の一が夫の両親に相続されることになります。
  2. 夫が死に、妻が死んだ場合は上記の逆になります。
  3. 同時に死亡したとすると、一方が死んだ時もう一方も死んでいるため、妻の財産は三分の二が子供に、三分の一が妻の両親に、夫の財産も三分の二が子供に、三分の一が夫の両親に相続されます。

と、このような違いがでてきます。なおこの規定は推定であり、何らかの証拠を示してこれを否定することが出来ます。(例えば夫が病院に事故後電話しており、妻は既に死んだと言っていたなど。この場合には上の1.のように相続されることになります。)

相続についての詳細は相続の講座を参照してください。

失踪 編集

行方不明となり生死がわからない場合があります。住所や居所にいない、行方がわからないと言うだけでは権利能力を失うわけではありませんが、残された利害関係人にとって、行方不明のまま放置されたのでは不都合なこともあります。そこで、民法は不在者が一定期間生死不明の場合、死亡したものと扱うという制度を設けました。これが失踪宣告の制度です。

30条は、その1項で「不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。」と定め、また2項で、「戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。」と定めています。

前者を一般失踪、後者を特別失踪(もしくは危難失踪)と呼びます。

利害関係人の請求により、家庭裁判所の失踪宣告がなされると、31条の、「前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす。」の規定によって死亡したものとみなされます。一般失踪と特別失踪では死亡したとされる時期が異なることに注意が必要です。

なお、死亡が擬制されると言っても、それはあくまでその住所での私法上の法律関係において、従来の法律関係を清算するために行われるものであり、宣告はされたものの実は別の場所で生きていたという場合、そこで結んだ契約やそこで得た所有権などにまで影響するものではありません。

失踪宣告の取消し 編集

32条は1項において、「失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。この場合において、その取消しは、失踪の宣告後その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない。」と定めており、また2項では、「失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失う。ただし、現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う。」としています。

これは、失踪宣告されたものの実は生きていたという場合のための規定であり、生きていたことが分かったとしても善意(つまりその人が生きていることを知らなかった状態)でした法律行為の効力までも否定されるわけではなく、また相続などで得た財産も現受利益の範囲(つまり失踪宣告の取消がされた時点で残っている利益)で返還すれば良いとされています。失踪宣告は早期に法律関係の安定をはかるための制度であるのに、失踪宣告を受けた者が生きていたとわかった時には全て返さなければならないとすると、失踪宣告によって相続しても危なくて簡単にはその財産を使えず、失踪宣告した意味がなくなってしまうという考慮によるものです。なお、現受利益には出費の節約、つまり自己の財産から支払わなければならない費用を相続財産などによって支払ったため、支払わなくて済んだ分が含まれます。そこで、相続によって例えば1000万円を得て、それを自己の借金の返済に使った場合、得た1000万円は利益として現存しており、返還しなければならないことになります。

また、善意とは誰について問題となるのかついては、例えばAの失踪宣告によりBがAの所有していた土地を相続し、その後その土地をBがCに売った場合には、B・C両方とも善意でないといけないとするのが判例です。これに対して学説では、取引の安全という趣旨からすると、取引相手方であるCが善意であれば良いのではないかと言う見解も有力に主張されています。

なお、2項の但書は善意・悪意の区別をしていないようにも読めますが、この2項但書も善意の取得者にのみ適用され、悪意者までも保護するものでないと考えられています。もっとも、このように考えれば不当利得返還について定めた703条704条の規定の通りであり、2項但書部分は特段の意味の無い規定といえます。

また、失踪宣告の取消において財産関係と並んで問題となるのは結婚についてです。一旦失踪宣告によって終了した婚姻関係が復活するのかどうか、特に残された方が再婚していた場合、問題となります。従来は、例えばAとBが結婚しており、Aが失踪して失踪宣告を受けた後、BがCと再婚した場合、法文通りBとC両方が善意であればAB間の婚姻は復活しない。これに対して一方でも悪意であった場合には、AB間の婚姻が復活する結果、Bは重婚となり、Aとの間の前婚については離婚原因に、Cとの間の後婚については取消原因になるため、AはBと離婚することができ、またAはBC間の婚姻を取消すこともでき、これに対してBやCはBC間の婚姻の取消しを求めることしか出来ない、と考えられていました。

しかし、たとえBやCが悪意であってもBC間の婚姻の継続を望むなら、それが認められるべきでないか、また逆にたとえBやCが善意でもA・Bが婚姻の復活を望むならそれを認めるべきではないか、と言う主張もなされるようになり、現在では、婚姻のような身分関係については、現在の身分関係の方が維持されるべきとの考えから、BやCの善意・悪意に関係なく、AB間の婚姻は復活しないと考えられています。

(参照 w:失踪宣告w:失踪者

意思能力 編集

意思能力とは、有効に意思表示をする能力のことをいい、自己の行為の結果(利害得失)を判断するに足りる精神的能力のこととされています。判例・通説において、これを欠く意思表示は無効とされます。

民法に直接意思能力についての規定はありませんが、民法は私的自治の原則を基本原理の一つとしています。これは私法上の法律関係については、個人が自由意思に基づき自律的に形成することができ、また当人の意志に基づくものだからこそ、その意思表示の結果として義務なども引き受けなければならないという考え方です。このような私的自治の原則からすれば、意思能力の無い状態でなされた意思表示は、当人の意志に基づくものとは言えず、効力発生の基礎を欠き無効となるのです。

また、意思無能力による意思表示を無効とする理由として、弱者保護の必要性を強調する見解もあります。

どの程度の能力であれば意思能力ありとされるかについて、一律的な基準はありませんが、一般的には泥酔者や幼児などが意思無能力と判断されています。

なお、無効は原則的には誰でも主張できる絶対的なものとされていますが、ここでは意思無能力者側に意思表示の結果を引き受けるという意思が無かったことが問題であり、そうであるならば意思無能力者側に無効とするかどうかを選択させるのが適当との考慮から(また、弱者保護を主張する立場からはそこから当然に)、この無効の主張は意思無能力者側からしか出来ないと考えられています。このような無効を相対的無効と呼びます。意思無能力により無効と認められた場合にはその法律行為ははじめからなかったものとされ、得たものがあればそれをそれぞれ返還する(不当利得の返還)ことになりますが、121条但書の類推により意思無能力者側は現受利益の返還でよいとする見解が有力です。

行為能力 編集

行為能力とは、単独で有効に法律行為をすることの出来る地位ないし資格とされています。

上記の意思無能力による無効でもある程度、意思無能力者の保護は図ることはできますが、個別の事例について意思無能力であったとの証明をするのは困難な場合があること、意思無能力者が有効に法律行為をする必要がある時どうすればよいかについても考慮する必要があること、様々な法律行為がある中で、人により保護が必要な程度も異なること、取引の安全・取引相手の保護も考える必要があること(外観上意思無能力者と分からない場合もあるため)、などから、行為能力の制度が定められており、制限を受ける者を制限行為能力者、制限を受けない者を行為能力者と呼びます。

なお、法改正前は行為無能力者や制限能力者としていました。

制限行為能力者として、未成年者、被後見人、被保佐人、被補助人が規定されており、制限違反の行為は取消すことが出来るものとされています。

(参照 w:意思能力・行為能力w:制限行為能力者w:成年後見制度

未成年者 編集

民法では、4条において、「年齢二十歳をもって、成年とする。」と定められており、20歳未満の者が未成年者となります。ただし、753条では、「未成年者が婚姻をしたときは、これによって成年に達したものとみなす。」と定められ、これにより、20歳未満でも結婚すれば成年として扱われます。これを成年擬制と呼びます。

また、5条は1項で、「未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。」とし、2項で、「前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。」、3項で、「第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。」と定めており、未成年者が法律行為を行うには原則として保護者である法定代理人の同意が必要ですが、5条2項以下の一定の場合や、6条の営業の許可がある場合には単独で法律行為が可能です。すなわち、以下のような場合には未成年者も有効に法律行為をすることができます。

  • 単に利益を受ける場合。例えば贈与を受ける場合や借金を免除される場合。
  • 処分を許された財産の処分。例えば小遣いとして渡されたお金で物を買う場合。
  • 許された営業の範囲内での法律行為。例えばレストラン経営なら食材購入や店員の雇用など。

なお、営業の許可では一種または数種を指定しなければならず、何をやっても良い、などというような包括的許可は認められていません。また、営業の一部を制限すること(食材の購入は良いが備品の購入は許可を求めるように、などということ)も認められていないと解されます。

また、保護者には原則として親権者がなり、親権者がいない場合には未成年後見人がなります。保護者は、同意権、代理権、取消権、追認権を持ちます。

(参照 w:未成年者

成年被後見人 編集

成年被後見人について、民法では以下のように定めています。

  • 7条 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
  • 8条 後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
  • 9条 成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。

そこで、常に事理弁識能力を欠いた状態にあるものにつき、一定の者の申し立てによって家庭裁判所が後見開始の審判をすることで、成年被後見人となります。

成年後見人は、代理権、取消権、追認権を持ちます(同意権はありません。成年被後見人は常に意思能力を欠く状態にあるため、同意をしたとしても同意通りの行為が期待できないと考えられています。そこで、たとえ同意を得て行った行為であっても取消すことが出来ます。)。しかし、日常生活に関する行為は取消すことが出来ず、また859条の3により、成年被後見人に代わって成年後見人が居住用建物・土地の売買や賃貸借などを行うには家庭裁判所の許可が必要になります。

一方、成年後見人は後見に当たって成年被後見人の意思を尊重し、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならないという、身上配慮義務(858条)などを負います。

成年被後見人の能力がある程度回復した場合には、10条に列挙された本人や配偶者、後見人などの請求権者の請求により後見開始の審判が取消されることとなります。また、補佐開始や補助開始の審判がなされた場合には、家庭裁判所は職権によりこれを取消すこととなっています(19条2項)。

(参照 w:成年被後見人

被保佐人 編集

被保佐人について、民法では以下のように定めています。

  • 11条 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判をすることができる。ただし、第七条に規定する原因がある者については、この限りでない。
  • 12条 保佐開始の審判を受けた者は、被保佐人とし、これに保佐人を付する。
  • 13条
    • 1項 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。(1号から9号までの各号は条文を確認してください。)
    • 2項 家庭裁判所は、第十一条本文に規定する者又は保佐人若しくは保佐監督人の請求により、被保佐人が前項各号に掲げる行為以外の行為をする場合であってもその保佐人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
    • 3項 保佐人の同意を得なければならない行為について、保佐人が被保佐人の利益を害するおそれがないにもかかわらず同意をしないときは、家庭裁判所は、被保佐人の請求により、保佐人の同意に代わる許可を与えることができる。
    • 4項 保佐人の同意を得なければならない行為であって、その同意又はこれに代わる許可を得ないでしたものは、取り消すことができる。

保佐人は事理弁識能力が著しく不十分な者につき、一定の者の申し立てによって家庭裁判所が保佐開始の審判をすることにより、被保佐人となります。

保佐人は13条1項列挙の行為、及び13条2項の家庭裁判所による審判を受けた行為以外であれば、単独で有効に行うことが出来ます。そして、日常生活に関する行為であれば制限された行為に含まれていたとしても有効に行うことが出来ます(13条1項但書、13条2項但書)。また、保佐人が同意しなくとも、家庭裁判所の許可を得ることで被保佐人は単独で有効に法律行為をすることができるようになります(13条3項)。

保佐人は、13条1項列挙の行為及び13条2項により認められた行為につき、同意権、取消権、追認権を持ちます。また、特定の法律行為につき家庭裁判所の代理権付与の審判により、代理権が与えられることがあります(876条の4。ただし審判には本人の同意が必要)。代理権を与える法律行為については制限はありません。また代理権が与えられたからといって、被保佐人はその対象となる行為について行為能力を失うわけではありません。

保佐の取り消しについては、後見と同様のものとなっています(14条ほか参照)。

(参照 w:被保佐人

被補助人 編集

被補助人については、以下のように定められています。

  • 15条
    • 1項 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第七条又は第十一条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。
    • 2項 本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには、本人の同意がなければならない。
    • 3項 補助開始の審判は、第十七条第一項の審判又は第八百七十六条の九第一項の審判とともにしなければならない。
  • 16条 補助開始の審判を受けた者は、被補助人とし、これに補助人を付する。
  • 17条
    • 1項 家庭裁判所は、第十五条第一項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求により、被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、その審判によりその同意を得なければならないものとすることができる行為は、第十三条第一項に規定する行為の一部に限る。
    • 2項 本人以外の者の請求により前項の審判をするには、本人の同意がなければならない。
    • 3項 補助人の同意を得なければならない行為について、補助人が被補助人の利益を害するおそれがないにもかかわらず同意をしないときは、家庭裁判所は、被補助人の請求により、補助人の同意に代わる許可を与えることができる。
    • 4項 補助人の同意を得なければならない行為であって、その同意又はこれに代わる許可を得ないでしたものは、取り消すことができる。

事理弁識能力が不十分であるものについて、一定の者の申し立てによって家庭裁判所が補助開始の審判をすることにより、被補助人となります。ただし、本人の同意がなければなりません(15条2項)。また、補助開始の審判は補助人に権限を与える17条1項の審判もしくは876条の9第1項の審判を同時に行わなければなりません(15条3項)。

補助の対象者は、まだ相応の判断能力は有しており、当人の意思・自己決定を尊重した制度となっています。

補助人は、家庭裁判所の審判により与えられた権限を有します。

補助の取消しについても、後見や保佐と同様のものとなっています(18条ほか)。また、同意権付与の審判と代理権付与の審判が全て取り消され、権限を持たなくなった場合には家庭裁判所の職権により、補助開始の審判も取り消されることとなります(18条3項)。

(参照 w:被補助人

相手方の保護 編集

後見登記 編集

上記のように、制限行為能力者の(制限に反した)行為は取消しうるものとなっていますが、取引の安全も考慮しなければならなりません。そこで、成年後見登記制度が定められており、前記の法定後見や後記の任意後見が開始されると、その事実が法務局の管理するファイルに記載されることになっています(後見登記等に関する法律)。

ただし、プライバシーの考慮もあって、登記を参照できるのは保護を受ける本人や保護者などであり、それらの請求により行為能力の制限がある場合にはその事実を、ない場合にはないということを証明する書面を受けることとなっています。

つまり、取引相手が制限行為能力者かどうか疑わしい場合には、その相手方に証明書類の提出を求めることとなりますが、事実上取引相手に「あなたの知的能力を疑っている」と言うようなものであるため、通常は困難が予想され、相手方の保護としては十分な制度でないとの指摘もなされています。

制限行為能力者の詐術 編集

制限行為能力者が詐術を用いて能力者である、もしくは保護者の同意を得ていると見せかけた場合には、その行為を取消すことが出来ません(21条)。

どの程度なら詐術を用いたとされるかについて、判例では、通常人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合も含まれるとしており、単に制限行為能力者であることを黙っていただけでは通常は詐術にはあたらないが、他の言動と相まって相手方を誤信させた場合には、詐術にあたるとしています(最判昭和44年2月13日)。

催告権 編集

制限行為能力者の、制限違反の法律行為について、取消すことができるという状態で長期間放置されると法律関係が不安定なままとなり、取引の相手方にとって不利益となることが考えられます。そこで、取引の相手方には催告権が与えられています。

20条の1項から4項において、催告の方法などについて定められており、催告の相手方は制限行為能力者が行為能力者となった場合には本人、なっていない場合にはその保護者となります。また、被保佐人や被補助人に対して、保護者に追認を得るよう催告することも出来る(未成年者や成年後見人に対しては出来ない)ものとされています。

相当の期間を定めて催告した場合、追認するとの確答があった場合には法律行為は有効で確定しますが、取消すとの確答がなされた場合には、既に履行されていたものについてお互い返還などをすることになります。また、特定の様式を必要としない法律行為については、期間内に確答を発しない時には追認したものとみなされ、特定の様式を必要とする法律行為については期間内に確答を発しない時には取消したものとみなされます。ここで、制限行為能力者側はたとえ悪意でも現受利益(取消時点で存在する利益だけ)を返還すればよい(121条但書)とされています。

通常の不当利得返還では、704条において、悪意の受益者は得た利益に利息をつけ、かつなお損害がある場合にはその損害を賠償しなければならないとされているますが、そうすると制限行為能力者としての保護が不十分なものになってしまう(何のための取消しだか分からない)ため、このように規定されています。

任意後見制度 編集

任意後見制度は、将来の任意後見人候補者を本人が十分な判断能力のある間に、あらかじめ選任しておくものです。上記の法定後見制度が裁判所の審判によるものであるのに対し、任意後見は契約により行われます。任意後見の受任者と本人が契約当事者となり、公正証書によらなければならないとされています。

任意後見が開始されても被後見人は行為能力などの制限を受けるわけではなく、その意味では制限行為能力者制度ではありませんが、制度としては同様の趣旨のもの(本人の保護・自己決定の尊重など)です。

任意後見を開始するには、任意後見監督人が選任されなければならず、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任された時から任意後見契約は有効なものとなります。家庭裁判所は、本人などの請求がなされ(本人以外のものの請求の場合には本人の同意もしくは事前同意が必要。ただし本人が意思能力喪失の状態で同意が得られない場合には同意は不要です。)、任意後見契約が登記されており、本人の事理弁識能力が不十分な状態にあるとき、任意後見監督人を選任しなければならないとされています(任意後見契約に関する法律第4条)。

ただし、本人が未成年者であるときや、法定後見が開始されておりその継続が望まれるとき、任意後見受任者に不適任な事由があるときには、選任されないこととなっています(同4条1項)。

(参照 w:成年後見制度#任意後見