ここでは、抵当権に関する制度のうち、根抵当権について扱います。

この講座は、民法 (物権)の学科の一部です。前回の講座は、抵当権2、次回の講座は、譲渡担保です。

根抵当権とは

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一定範囲に属する不特定の債権を、極度額の限度で担保する抵当権を根抵当権といいます(398条の2第1項)。継続的な取引関係にある場合個々の債権について抵当権を設定するのは煩雑に過ぎ(例えばA社がB社に、B社の必要に応じて食料品を供給するような場合)、このような将来増減する債権の担保として根抵当権が利用されます。

判例(大判明治34年10月25日民録7輯137頁など)では、取引慣行を尊重して根抵当権の効力を承認してきましたが、第二次大戦後ますます根抵当権が活用され、包括根抵当の問題なども出てくるに至って、昭和46年に民法の一部改正によって根抵当に関する条文が追加されました。実際の金融実務では、根抵当権が原則として用いられています。

根抵当権の設定

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根抵当権は、根抵当権者となるべき者と、根抵当権設定者となるべき者との間の契約により設定されます。登記は対抗要件と考えられます。根抵当権の登記の登記事項には、権利に関する登記の登記事項及び担保権の登記の登記事項のほか、担保すべき債権の範囲及び極度額、370条但書の別段の定めがあるときはその定め、担保すべき元本確定すべき期日の定めがあるときはその定め、398条の14第1項但書の定めがあるときはその定めがあります。かつては、被担保債権の範囲を限定せず、現在及び将来発生する一切の債務を担保するという包括根抵当権も認められましたが、現在では債権範囲基準も定めなければなりません。

被担保債権の範囲

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根抵当権は一定の範囲に属する債権の担保のために設定できるものであり、範囲を指定しないで当事者間の一切の債権を担保する包括根抵当権は認められていません。その理由としては、極度額に余裕のある根抵当権者が、債権譲渡によって不正に債権を集めて、後順位担保権者などを害するおそれがあることなどが挙げられます。もっとも被担保債権の範囲は、かなり緩やかに解されています。

被担保債権の範囲は、以下のいずれか、及びこれらを組み合わせたものに限られます。

債務者との特定の継続的取引契約によって生ずるもの(398条の2第2項前段)
当座貸越契約や手形割引契約、石油販売特約店契約など。登記の申請書にも契約成立の年月日と名称の記載を要するとされています。
債務者との一定の種類の取引によって生ずるもの(398条の2第2項後段)
売買契約や商品供給取引、銀行取引などが、この一定種類の取引に該当します。商取引などでは、限定がないため認められません。
特定の原因に基づき債務者との間に継続して生ずる債権(398条の2第3項)
工場の騒音による損害賠償債権などです。
手形上又は小切手上の請求権(398条の2第3項)
手形上・小切手上の請求権を無制限に認めると範囲が広すぎるため、債務者との取引によらないで取得する手形条又は小切手上の請求権を根抵当権の担保すべき債権とした場合、債務者が支払を停止・破産手続き開始等があったときには、その前に取得したものにだけ根抵当権を行うことができるとの限定がかけられています。ただしその事実を知らないで取得したものについては行うことができます(398条の3第2項)。

なお、根抵当権の被担保債権は不特定の債権とされていますが、あわせて特定の債権を担保させてもよく、その場合には当該債権を特定するに足る事項の記載を要します。

被担保債権の範囲の変更
被担保債権の範囲は、元本の確定前であれば変更することができます。根抵当権では基本契約への付従性は緩和されており、その範囲の追加や縮小、変更が可能です。これには後順位抵当権者やその他の第三者(398条の4第2項)、また債務者や保証人の承諾も必要としません。もっとも、物上保証である場合に物上保証人が債務者に無断で範囲を変更すると、債務者と物上保証人との内部関係において債務不履行などとして問題となることはあり得ます。このような範囲の変更は、元本の確定前に登記をしないと、その変更はなかったものとみなされることとなります(398条の4第3項)。すなわち、登記はここでは効力要件となっています。

極度額

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極度額は、その根抵当権によって担保される被担保債権額の限度であり、根抵当権者は、極度額の限度内において、確定前に存在する債権及び確定後に生ずる利息・損害金の合計額につき、優先権を行使できます。利息や遅延損害金について、普通抵当権の場合のような2年分といった制限はありません。

なお、根抵当権の被担保債権が確定し、債権額が極度額を超過しているときに被担保債権の一部について弁済があった場合、弁済された額だけ根抵当権の効力が及ばなくなる(極度額が減少する)わけではなく、残存債権の総額について極度額の限度でなお担保されているものと解されます。

極度額の変更
極度額の変更には、利害関係者の承諾を得なければなりません(398条の5)。そこで、極度額の増額には、後順位抵当権者や差押債権者、減額には転抵当権者などの承諾を得なければ、変更の効力は生じません。また極度額の変更の登記については、対抗要件とする見解と効力要件とする見解とがあります。
極度額減額請求
元本の確定後に、根抵当権設定者は、その根抵当権の極度額を現に存在する債務の額及び以後2年間に生ずべき利息その他の定期金および債務の不履行による損害賠償との額とを加えた額に減額すべきことを請求できます(398条の21第1項)。請求権者は根抵当権設定者(抵当不動産の所有者)であり、これは形成権であって請求の意思表示を根抵当権者にすることによって減額の効力を生じます。その効果は後順位抵当権者や差押債権者にも及びます。また極度額減額の効果については、登記を要せずにすべての者に主張できるとの見解が有力です。これにより、抵当不動産の所有者は後順位の抵当権を設定して資金調達等をすることが容易になります。

元本の確定

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一定の事由により、根抵当権における被担保債権額が増減しなくなることを、確定といいます。確定によって、根抵当権により新たに発生した債権が根抵当権により担保されることがなくなります。もっとも、すでに根抵当権により担保されている債権の利息や損害金などはその後も発生し、極度額の枠内で確定後の発生分についても根抵当権によって担保されます。

確定事由

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確定事由は、398条の20において定めらており、これらの事由の発生によって確定の有無は客観的に判断されます。

確定期日
根抵当権の担保すべき元本については、その確定すべき期日を定め、また確定前はいつでも根抵当権者と設定者の合意でこれを変更することができます(398条の6第1項)。確定期日の変更をするには、後順位抵当権者その他の第三者の承諾は要しません(398条の6第2項)。後順位抵当権者などの第三者は、自ら抵当不動産に差押をすることで確定期日以前でも確定させることができるため(398条の20第1項3号)、利害関係を有しないと考えられるためです。もっとも以前の確定期日による確定前に変更の登記をすることが効力要件となります(398条の6第4項)。確定期日は、これを定めた日、又は変更した日から5年以内でなければなりません(398条の6第3項)。
確定請求
元本の確定期日の定めがないとき(398条の19第3項)、根抵当権設定者は、根抵当権設定の時から3年を経過したときは、担保すべき元本の確定の請求ができ(398条の19第1項前段)、この請求があったときは、担保すべき元本はその請求の時より2週間の経過により確定します(398条の19第1項後段)。また、根抵当権者はいつでも、担保すべき元本の確定を請求でき、その場合請求時に元本が確定します(398条の19第2項)。
競売手続きの開始・滞納処分による差押
第三者の申し立てにより抵当不動産に対する競売手続きの開始、または滞納処分による差し押さえがあったことを根抵当権者が知って2週間が経過すると、元本が確定します(398条の20第1項3号)。根抵当権者が優先弁済権行使する場面であり、被担保債権が定まっている必要があるためです。民事執行法49条2項2号や国税徴収法55条は、根抵当権者に差押等の事実を通知することを定めています。競売開始や差押の効力が消滅した場合、確定しなかったものとみなされます(398条の20第2項)。

確定の効果

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元本が確定したからと言って根抵当権が普通抵当権となるわけではありませんが、確定時点で被担保債権となっていたもののみがその後は根抵当権の被担保債権となり、根抵当権はそれら個別具体的な債権を担保することとなります。このような確定した根抵当権を確定根抵当権といい、確定前は適用されなかった普通抵当権の規定が確定後は適用されるものがあります。根抵当権は、確定前には随伴性が認められませんでしたが、確定後は随伴性が認められ、債権譲渡に伴って根抵当権は移転し、債務引き受けによる債務者の変更も認められ(398条の7)、更改による移転も認められます(398条の8)。元本確定後は、相続の場合についても、相続開始による通常の法理が適用され(398条の9)、合併があった場合についても同様となります(398条の10)。通常の抵当権の処分が認められるようになり(398条の11)、代位弁済も認められます。

一方で、根抵当権独自の制度としての被担保債権の範囲や債務者の変更、確定期日の変更、根抵当権の全部譲渡・分割譲渡、一部譲渡は認められなくなります。

元本が確定すると、確定の登記は根抵当権の登記名義人が単独で申請できます。ただし、398条の20第1項3号または4号によって確定した場合の申請は、当該根抵当権又はこれを目的とする権利の取得の登記の申請と併せてしなければなりません(不動産登記法93条)。

なお、民法375条の適用はなく、確定後も2年に限られず極度額まで利息・遅延損害金は担保されるのであり、完全に普通抵当権と同一というわけではありません。

根抵当権消滅請求

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元本確定後、現に存する債務の額が根抵当権の極度額を超えているとき、他人の債務を担保するためにその根抵当権を設定した者、又は抵当不動産につき所有権、地上権、永小作権もしくは第三者に対抗しうる賃借権を取得した者は、その極度額に相当する金額を払い渡し、又はこれを供託してその根抵当権の消滅を請求することができます(398条の22第1項前段)。

かつての判例では、極度額を超える債権を有する場合に、第三取得者が極度額の限度で弁済したに過ぎないときには、根抵当権設定登記の抹消を請求できないとされていましたが(最判昭和42年12月8日民集2巻10号2561頁)、立法によりこれが改められました。

主たる債務者や保証人、それらの承継には、債務全額の支払義務を負うのであり、消滅を請求することはできません。また、後順位抵当権者も消滅請求をすることはできません。

消滅請求は形成権であり、根抵当権者に対する意思表示によって効力が発生します。その際の極度額相当額の払渡しや供託は、弁済そのものではなく、弁済による代位は生じません。ただし、それらは弁済の効力を基とされているため(398条の22第1項後段)、物上保証人などは、債務者に対して求償権の行使ができます。

共同根抵当の場合には、一つの不動産について消滅請求があると、他の不動産についても消滅します(398条の22第2項)。

根抵当関係の変動

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上記のように、確定後の根抵当権は普通抵当権と類似したものとなりますが、確定前については普通抵当権との性質の違いにより特別の規定が置かれています。

元本確定前には、根抵当権者と根抵当権設定者の合意によって、債務者を変更することができます(398条の4)。また元本の確定前に債務者について相続が開始したときは、根抵当権者と根抵当権設定者との合意によって定めた相続人が、相続の開始後6ヶ月以内に合意の登記によって債務を承継・負担しますが、6ヶ月以内に確定的な合意が成立しないときには、一人または数人の承継人を定めておき、後日合意が成立した場合に債務者の変更することができます。

元本の確定前に根抵当権者より債権を取得した場合、その者はその債権について根抵当権を行うことはできません(398条の7第1項前段)。根抵当権は特定の債権者に属する債権を担保するものであり、また個々の債権が譲渡された場合に一部の移転を認めると、複雑な法律関係になってしまうため、確定前の根抵当権には随伴性は認められていません。個々の債務引受けについても同様であり、根抵当権は引受人の債務について根抵当権を行うことはできません(398条の7第2項)。なお元本確定後は、債権譲渡や債務引き受けによる根抵当権の随伴性が認められます。

代位弁済があった場合についても同様であり、元本確定前に代位弁済をした者は根抵当権を行うことができません(398条の7第1項後段)。元本確定後は、弁済による根抵当権の代位が認められます。また、元本確定前は更改によっても新債務に根抵当権を移すことはできず(398条の7第3項)、根抵当権者の相続や債務者の相続(398条の8)、合併(398条の9)や分割(398条の10)の場合についても特別の規定が置かれています。

根抵当権の処分

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根抵当権の処分については、普通抵当権の処分に適用される376条による処分は転抵当を除いて適用されません(398条の11第1項本文)。そして、以下のように定められています。

転抵当
根抵当権を他の債権の担保とすることは妨げられず(398条の11第1項但書)、377条2項については、根抵当権の転抵当の場合、元本の確定前の弁済にはこれを適用しないとしています(398条の11第2項)。
全部譲渡
元本の確定前には、根抵当権者は根抵当権設定者の承諾を得て、その根抵当権の譲渡ができます(398条の12第1項)。これにより、最初から譲受人を債権者とする根抵当権が設定されていたと同様の効果が生じます。登記が対抗要件となります。
分割譲渡
元本の確定前には、根抵当権者は根抵当権を二個の根抵当権に分割し、その一つを根抵当権設定者の承諾を得て譲渡することができます(398条の12第2項前段)。分割後の譲渡については全部譲渡と同様です。
一部譲渡
元本の確定前には、根抵当権者は根抵当権設定者の承諾を得て、その根抵当権を一部譲渡し、根抵当権を譲受人と準共有の関係を生じさせることができます(398条の13)。根抵当権の共有者は、被担保債権の合計額が極度額を超えるとき、各自その債権額の割合に応じて弁済を受けます。但し、元本の確定前にこれと異なる割合を定め、あるいはある者が他の者に先立って弁済を受けるべきことを定めたときは、その定めに従います(398条の14第1項)。この別段の定めは、抵当権の順位の変更の手続きに準じて登記すべきこととなります。また共有者がその権利を譲り渡すには、他の共有者を得て、根抵当権の全部譲渡の規定によってその権利を譲り渡す必要があります。法律関係が複雑になるため、分割譲渡や一部譲渡は認められないものと解されます。
順位の譲渡・順位の変更
根抵当権者は376条による処分は転抵当以外できませんが、先順位抵当権者から順位の譲渡や放棄を受けることはできます。また、普通抵当権の場合と同様、根抵当権にも順位の変更(374条)は認められます。

共同根抵当

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共同抵当の規定は、根抵当権についてはその設定と同時に、同一の債権の担保として数個の不動産の上に根抵当権が設定された旨を登記した場合に限り、これが適用されます(398条の16)。

普通抵当権としての共同抵当権では、共同抵当権である旨の登記がなくとも392条が適用され、被担保債権は各不動産に割り付けられることとなりますが、根抵当権の場合は、共同抵当権である旨の登記が特になされた場合に限り392条・393条の規定が適用される純粋共同根抵当権となり、このような登記がない場合には、累積式根抵当(累積式共同根抵当)となります。累積式根抵当は、各不動産の代価について、それぞれの極度額に至るまで優先権を行うことができるもの(398条の18)であり、共同抵当における後順位抵当権者の代位の問題を生じるものではありません。各不動産について、そこに設定された極度額まで担保価値を把握するものであり、被担保債権の範囲や債務者、極度額は、対象の不動産ごとに異なってもかまいません。例えば、土地Aに3000万円、建物Bに2000万円の根抵当を設定した場合、合計5000万円が担保されます。

一方、純粋共同根抵当の場合には法律関係が複雑になるのを避けるため、被担保債権内容や極度額は一致しなければなりません。また共同根抵当権の担保すべき元本は一つの不動産について確定すべき事由が生じた場合、すべてについて確定します(398条の17第2項)。

(参照 w:根抵当権