ここでは、債務不履行について、事実としての不履行の類型である、履行遅滞・履行不能・不完全履行や、帰責事由などについて扱います。なお損害賠償については次回の講座で扱います。

この講座は、民法 (債権総論)の学科の一部です。

前回の講座は債権とは、次回の講座は債務不履行2です。

債務不履行とは

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債務不履行とは債務を履行しないことであり、415条は「債務の本旨に従った履行をしないとき」としています。そして、債務不履行が認められると、それに基づく損害賠償や、解除などが認められることとなります。なお、債務の履行の強制については、これを債権の効力である執行力(掴取力)によるものと捉える見解と、債務不履行の状況下で認められる履行請求権に基づくものとして捉える見解とがあります。

なお、解除については債権各論において扱い、この講座および次回の講座では、債務不履行に基づく損害賠償について扱います。

かつての通説は、債務不履行を履行遅滞(415条前段)、履行不能(415条後段)、不完全履行の三つに分類しました。そして、債務不履行による損害賠償が認められる要件として、債務の存在、事実としての不履行(履行遅滞・履行不能・不完全履行)、債務者の帰責事由、損害の発生、不履行と損害との因果関係が必要と考えます。また伝統的には、違法性も要件の一つとして必要とされます。

しかしこれに対して、このような三分説はドイツの学説を継受したものですがドイツ民法と日本民法では規定の仕方が異なっており、履行不能と履行遅滞の二種類のみが規定されていたドイツと同様に考える必要はなく、また日本で言う不完全履行の範囲がドイツのものより狭く、3つの類型のいずれにも含まれない債務不履行があるなどとして、現在ではこのような分類によることを否定し、すべての債務の不履行は415条のいう債務の本旨に従った履行をしないときであるとして、一元的に捉える見解も有力となっています。また、従来の三分説を修正して、従来の不完全履行の範囲を拡大し「その他の債務不履行」として、三つの分類を維持する見解も主張されています。

ここでは、まず三つの分類をする立場によって説明します。

債務の存在

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債務不履行が認められるには、まず債務が存在する必要があります。債務の発生原因としては契約や不法行為などがありますが、これらについては、債権各論の講座を参照してください。

事実としての不履行

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履行遅滞

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履行遅滞とは、債務者が債務を履行することが可能であるにもかかわらず、これを履行すべき時期(履行期)が来ても履行しないことです。履行が不可能である場合には、履行遅滞ではなく履行不能や危険負担などの問題となります。

履行すべき時期については412条が規定しており、確定期限がある場合には期限の到来した時より遅滞となり(412条1項)、不確定期限のあるときには、債務者が期限の到来を知ったときから遅滞となります(412条2項)。履行期の定めがない場合には、債務者は履行の請求を受けたときから(請求の到達の翌日から)遅滞の責任を負います(412条3項)。

履行しないこととは、債務者は履行の提供によって不履行の責任を免れるため(492条)、正確には履行の提供をしないこととなります。

また、履行しないことにつき、正当化事由がある場合には履行する必要はなく、債務不履行責任を問われるものではありません。ここで、正当化事由としては同時履行の抗弁権(533条)、留置権(295条)などがあります。そして通説によれば同時履行の抗弁権などは、存在することによってその効果が認められるため、債務者による抗弁権の行使は必要でなく、存在すれば足ります(存在効果説)。正当化事由の有無については、これを違法性の要件として位置づけるのが伝統的な通説ですが、現在では、「違法性」の内容はあいまいであって独立の要件として立てない見解も多数となっており、同時履行の抗弁権などの正当化事由については、不履行があるかどうかの問題として考えられています。

履行不能

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履行不能とは、債務の履行が不可能であることであり、伝統的には、物理的不能(目的物の滅失など)のほか、法律的不能(法律により目的物の取引が禁止された場合など。大判明治39年10月29日民録12輯1358頁)も含まれます。そして、不能であるかどうかは、社会の取引概念によって決められます。社会の取引概念により不能とされる例としては、売買目的物である指輪を湖に落とした場合などがあり、また不動産の二重譲渡について、判例(大判大正2年5月12日民録19輯327頁)は売主が買主の一方に登記を移転したとき他方の債務が履行不能になるものとしています。

伝統的には、ここでいう履行不能は債権成立時には可能であったがその後不能となった、後発的不能を言うものであって原始的不能は含まれないものとしてきました。これは、原始的不能であればそもそも契約は無効であって、債務不履行の問題ではないと考える立場に立つものです。これに対し、原始的不能の場合でも契約を有効とする近時の有力説の立場からすると、原始的不能も債務不履行の問題となり得ます。

不完全履行

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不完全履行とは、一応履行がなされたが不完全な点があるものをいいます。その内容や捉え方については、三分説を採る見解の中でも様々な見解が主張されています。

内容としては、給付内容自体に不完全な点がある場合(例えばテレビの売買において、テレビに欠陥があった場合)、給付内容に不完全な点があったため、債権者の他の財産等に損害を与えた場合(例えばテレビの売買において、テレビに欠陥があったため出火し、家の壁を焼損した場合)、給付内容以外の点に不完全な点がある場合(例えばテレビの売買において、業者がテレビを家に搬入する際に家の壁を傷つけた場合)などが問題となります。

そしてこれらについて、契約の解釈によって債務の内容を特定し、債務者の作為や不作為が「債務の本旨に従った履行をしないとき」にあたるかどうかを検討するという見解や、債務を給付義務、付随義務(附随的注意義務)、保護義務(安全保護義務)などと分類し、体系的な説明を試みる見解などが主張されています。

各論的検討

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債務不履行に関し、近年議論となっている特徴的な債務不履行類型があります。ここではこれらについて扱います。

履行期前の履行拒絶

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履行期到来前に、債務者が履行しない意思を明示している場合、以上の三分類のいずれにも該当せず、伝統的には債務不履行とは認められず、債権者は何もできないこととなります(なお旧民法では、履行拒絶に言及していました)。しかし、現在では英米法やドイツ法などを参考としつつ、履行期前の履行拒絶ないし履行期前の不履行を債務不履行の一例として認める学説も多く主張されています。

安全配慮義務

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安全配慮義務とは、相手方の生命・身体・健康を危険から保護するよう配慮すべき義務のことです。これには契約から生じる場合と、契約以外の法律関係から生じる場合とがあり、また契約から生じる場合としては、直接契約の目的となっている場合(介護契約など)と、契約解釈ないし信義則上認められる場合とがあります。

リーディング・ケースとなった判例(最判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁)では、自衛隊員が自衛隊の車両整備作業をしていたところ、同僚の隊員が運転する車両に轢かれて死亡したケースについて、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般に認められる」として、この義務は国と公務員との関係にも認められ、その違反による損害賠償請求権の消滅時効は10年である(167条1項)と判示しました(このケースでは、不法行為による損害賠償請求権は消滅時効にかかっており、安全配慮義務違反が主張されました)。

判例ではその後、安全配慮義務を雇用契約(最判昭和59年4月10日民集38巻6号557頁)のほか、下請企業の労働者と元請企業との関係(最判平成3年4月11日判時1391号3頁)などについても認めています。

(参照 w:安全配慮義務

交渉の不当破棄

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契約締結前には契約に基づく債務は生じておらず、債務不履行もあり得ないというのが原則ですが、実際には、契約交渉過程においては当事者間で一定の社会的な接触関係が発生しており、その法的規律が問題となります。交渉の不当破棄の問題もその一つであり、不動産売買や金融取引などにおいては相当期間に渡って交渉がなされるのが通常であるところ、その契約交渉が不当に破棄された場合について、判例においてもそれによる損害賠償を認めるものがあります。

代表的なものとしては、建築中のマンションの販売業者が、購入を検討していた歯科医の問い合わせを受けて設計変更等をした後に、歯科医が買取を拒絶した場合について、契約の成立は認められないとする一方で、歯科医には契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任を肯定した原審の判断を支持した判例(最判昭和59年9月18日判時1137号51頁)があります。

もっとも、この責任の性質としては、不法行為責任と解する見解と、契約責任と解する見解との対立があります。

また、損害賠償の範囲としては、契約の成立を信頼したことによる信頼利益の範囲に限られるという見解と、それに限られるものではなく履行利益の賠償も認められるとの見解とが主張されています。

情報提供義務

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契約締結前の段階において、契約の内容や目的物の性質などについて、説明・告知等するという、情報提供義務も問題となります。契約締結前であるため、そもそも義務はないとも言え、また本来契約では、契約自由の原則により私人は自由に契約内容や契約の締結をするかどうかを決定することができるのであり、その前提として、自らの責任において情報収集などを行うものと考えられます。しかし、一方が企業・専門家であり、一方が消費者などであって、情報量や情報収集能力に大きな格差がある場合には、このような原則通りの処理では不適当と考えられることがあり、特別法において事業者に説明義務・情報提供義務が定められている場合の他にも、判例では、変額保険の募集における生命保険会社の説明義務違反を認め損害賠償を命じた原判決を維持したもの(最判平成8年10月28日金法1469号49頁)や、建築基準法上問題がある建築等の計画について、建築会社および融資銀行の説明義務違反を認めたもの(最判平成18年6月12日判時1941号94頁)があります。

情報提供義務は行政法上課せられている場合がありますが、行政法上認められているからといって、直ちに私法上の義務として認められるものではありません。なお、消費者契約法3条1項が情報提供義務を一般的に規定していますが、これは努力義務にとどまります。

情報提供義務が認められると、その違反は債務不履行となり、損害賠償責任を生じさせることとなります。

帰責事由

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帰責事由とは

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帰責事由とは、事実としての不履行について、債務者の責めに帰すべき事由であり、条文上は履行不能についてのみ規定されていますが、その他の債務不履行においても、要件として考えられています。

伝統的には、債務不履行による損害賠償の要件として、事実としての不履行のほかに「主観的要件としての帰責事由」と「客観的要件としての違法性」とが必要と考えます。そして、帰責事由とは過失責任原則と結びつけられるものであり、債務者の故意・過失、または信義則上これと同視すべき事由を帰責事由と捉えます。これに対して、違法性を独立の要件として立てない見解が現在では多く主張されていることは、この講座でも既に幾度か触れたとおりであり、帰責事由はより客観的に、債務者がなすべきことをしなかったことと捉えられ、かつて違法性の中で検討されていた同時履行の抗弁などの不履行の正当化事由については事実としての不履行の有無において、正当防衛などについては帰責事由の問題などとして考えれば足りるものとされています。

また判例(最判昭和34年9月17日民集13巻11号1412頁など)・通説によれば、帰責事由の主張・立証は、債務不履行責任を免れようとする債務者側が、自己に帰責事由がないことを証明する責任を負うものとされています。これは、元来債務者は履行する責任を負っているのであり、履行がなされなかった場合には債務者がその責任を負うのが原則と考えられるためです。

責任能力の要否

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伝統的な通説は、帰責事由があるというためには、過失責任の当然の内容であることから、債務者の責任能力が必要であるとします。しかし、現在ではこれを不要とする見解が多数となっています。

責任能力を不要とする見解は、まず、過失責任原則をとるか否かと責任能力を必要と考えるかどうかとは別個の問題であるといいます。すなわち、一般に不法行為法においては責任能力が必要とされていますが、これは客観化された過失責任のもと、著しく能力の低い一定の行為者の免責を認めるという政策的考慮に基づいて、例外的に責任能力がないことによる免責が認めれているのであり、過失責任原則をとる場合に責任能力が必要となることを意味するものではなく、債務不履行責任において同様の政策的考慮をする必要があるか否かについては別に考慮されるべきものであるといいます。そして債務不履行においては、この能力の低い一定のものを保護するという考慮は、意思能力の考慮および行為能力制度によってなされており、有効に成立した契約から生じた債務について、本人の意思能力喪失・行為能力制限のリスクを債権者に転嫁すべき理由はないとして、責任能力を考慮する必要はないとしているのです。

履行補助者

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債務者が債務の履行に当たって、他人の助力を得ることは少なくありません。このような他人を履行補助者といい、その作為・不作為によって事実としての債務不履行が生じた場合に、債務者が債務不履行責任を負うか否かが問題となります。

伝統的な通説では、履行補助者の故意・過失を債務者の帰責事由(主観的要件としての帰責事由)の問題として捉えます。そして、以下のように履行補助者を二つに類型化します。

真の意味での履行補助者
債務者が自分の手足として使用する、真の意味での履行補助者については、その故意・過失は債務者の故意・過失と信義則上同視すべき事由であると考えます。
履行代行者
債務者にかわって履行を引き受けるものである、履行代行者については三つに分けて考えられます。まず、履行代行者の使用が法律上または特約で禁じられている場合には、その使用それ自体が債務不履行であり、履行代行者に故意や過失が無くとも債務者は責任を負います。次に、履行補助者の使用が明文上許されている場合には、履行代行者の故意・過失は債務者の故意・過失と同視されるものではなく、債務者は履行代行者の選任・監督に過失があった場合に限って責任を負います。そして、そのどちらでもない場合には、履行代行者の故意・過失は債務者の故意・過失と信義則上同視すべき事由であると考えます。

履行補助者についてこのように捉える伝統的通説に対して、その位置づけや分類は有力に批判されており(その区分は不明瞭であるなどといいます)、履行補助者の問題は債務者の帰責事由の問題の一部ではなく、他人の作為・不作為による債務不履行責任という、債務不履行の特殊類型として、より高いレベルに位置づけられるものとし、他人の行為による不法行為責任との対比において検討する見解が主張されています。

(参照 w:債務不履行