本講座では、そもそも物理学というものが何かよく知らない方のために、その魅力と本質を少しの歴史も交えながら大雑把に紹介する。

物理学とは何か? 編集

この問いに答えるにはかなりの勇気が必要である。

辞書的に述べるならば、「あらゆる体の背後にある論を解明する問」あたりが妥当であろう。あるいは「体がそこに存在している由を解明する問」と言ってもいいかもしれない。この言い方に表れるように、物理学の対象は身の回りのあらゆる「物」すべてである。

例えば、なぜリンゴは地面に向かって"落ちる"のだろうか[注 1]

このチンケな問いに対し、いろいろな回答が予想される。ある者は「リンゴは空からの不思議な力で下に向かって押し付けられている」と言い、またある者は「神がリンゴは地面に落ちよと命じた」と言う。どちらも一蹴するには説得力がある。

もし我々がこれらの主張を科学的態度で訴えるならば、前者の説には不思議な力が存在することを証明すべきであるし、後者の説には神の存在さえ証明しなければならない。

結局のところ、世の中の本当のことは誰にも分からないのである

しかし幸いなことに、歴史上の物理学者と呼ばれる偉人たちは、ある一つの説を科学的に主張することに成功した。その説とは、「リンゴは地球に引っ張られている」である。これを現代まで引き継いだものが物理学[注 2]である。

この裏を返せば、もし運動方程式の「反例」を見つけることができたのならば、我々が連綿と紡いできたあらゆる物理学体系、あるいは私が執筆している本ページやSchool:物理学の内容全部は、いとも簡単に崩れ去ることとなる。換言すれば、物理学とは砂上の楼閣である。

しかし、このようなことを安易に言ってしまうのは、誤解を生じる恐れが十分にある。それゆえに勇気の要る回答なのである。

なぜ人は物理学するのか 編集

物理学は先ほども述べたように物に対して探求する学問であるが、ではそもそもなぜ人は物理学を開拓しようとするのか。

大昔の人類、とりわけ古代ギリシアではこの地上世界(現実)における現象論を哲学的に考察することに興味があった。また、この頃には学問に明確な区分が存在せず、過去の偉人たちは物理学・天文学・神学など複合的に考察し、彼らなりの答えを"論理的"に導くことに関心を寄せていた。

物理学に関する当時の一例を紹介しよう。

例えば「なぜ物は落ちるのだろうか?」という問いが当時もあった。今日ではガリレオ以下古典物理学的観点から、「重力」の存在が信じられているが、当時はもちろんそうではなかった。

アリストテレスはこの問いに対し、現象を観察することにより、「重いものは下に落ち、軽いものはゆっくり落ちる(あるいは煙のようなものは上に昇りさえする)」と考えた。さらにそこから発展して、「一番軽いものは天上を自由に移動できる」という逆説的な考え方から、太陽や星々は地球の周りをぐるぐると回っているのだと結論付けた(天動説)。

現代人たる我々こそ、この理論は一蹴できたものだが、私からするとこれは非常に忠実に物理学していると言える。


普段の我々はどれほどこの世界を真剣に見ているだろうか?


日々の生活に追われる我々では、この問いに対し、あいまいな態度で笑う他ないのではなかろうか。無論、いくつかの例外もいるが。

人が世界を見るとき、その正当性はどうあれ、理論立てて、あるいは秩序立てて考えることは非常に重要である。その正当性を確かめるのは実験学の領域であり、さしたる障害ではない。問題は、まず「この世が何らかの理を持って為されている」と考えられるか否かなのである。この点においてアリストテレスなどは非常に物理学をしていたと言えるだろう。

人が物理学するということは、世界を真剣に"視"ようとすることである。

現代人には幸いなことに、過去の偉人たちによって体系化された緻密な物理学がある。もはやこの世は暗闇ではないのだ。

諸君もこれまで漠然と見ていたこの世界を、今一度物理学という名のカンテラで照らしながら、注意深く"視"てみるとよい。

物理学の積み木 編集

 
今日の物理学の代表的な分野がどの様にして発展してきたかを簡易的な模式図で表したもの。二次元で表現した都合上、実態に即しないことも多い。

本項以降は、我々の扱う"常識的な"物理学を話題に取り上げる。

さて、現代においては物理学と一口に言ってもその裾野は広く、様々な小分類がそれぞれに深化している。

物理学がその各分野同士で深く密接していることは他学問同様であるが、それに比べて特徴的な点もある。それは、物理学が「積み上げ式」の学問であることである。

このことを直感的に捉えやすいよう、各分野を一つの積み木たちに見立てて作画してみたのが右図である[1]。下にある土台の分野を基礎として発展させたのが上に載っている分野、という風に読み解いていただきたい。

例えば、「熱力学」に着目すると、その下には「古典力学」があり、上には「統計力学」がある。これはすなわち、古典力学の理論や考え方を応用・発展させた上で存在するのが今日の熱力学であり、それをさらに利用したものが統計力学という結果を表している。ちなみに、各学問の概要は以下の通りである。

・古典力学:ニュートンの運動方程式やエネルギー保存則など、物体の運動に関する理論。(Topic:古典力学も参照。)

・熱力学:熱の収支や散逸、力学的エネルギーとの変換などに関する理論。(Topic:熱学も参照。)

・統計力学:熱力学が対象とする気体を、それを構成する分子集団と見ることで、数学の統計学を用いて記述する理論。(Topic:統計力学も参照。)

このように、物理学は、以前の実績を引き継ぐ形で、まるで菌類がコロニーを拡大させるように発展してきている。そしてその動きからも想像できるように、互いの分野はいわばシームレスに、非常に固く結びついている。

ところで、先の図では、その一番底面に「???」の積み木を置いた。これが意味するところは、この世の全ての物理学的理論の前提となる、「万物の理論(Wikipediaページ)」である。すべての物理学者の究極の目的は、(意識的にしろ無意識的にしろ)この「万物の理論」の完成である。

中々にロマンのある響きの理論であるが、残念ながら未だ完成を見ることは叶わない。本記事を読んだ諸君が物理学の探求に目覚め、万物の理論完成に寄与することを切に期待したい。

注釈 編集

  1. 有名なニュートンの万有引力発見の逸話である(どうやら創作らしい)。
  2. 正確に言えば、これが古典力学である。
  1. 図下にも断っているように、あまりにざっくりとした絵なので精緻性に欠けることはご了承いただきたい。